Legend Story -the heir of the world-
* * *
「さむーいっ!!」
教室に飛び込んできた少女が発した一番最初の言葉がそれだった。少女はコート、マフラー、手袋をしている。もう少し寒さが厳しくなれば耳当てもつくだろう。しっかり防寒をしている彼女を見て、寒そうだと思う人は誰もいない。
「フェーネ・フロリス!
いくら馬鹿とはいえ、あなたという人はそんな当たり前のことしか口に出来ないんですの?
朝にはそれよりも前に言うことがあるでしょうに」
「あぁ、おはよーロメリア。悪いけど、朝っぱらからあんたの小言なんて聞く気ないのよね」
「そのふてぶてしい態度は何ですの!?
それがクラスメイトに対する態度ですか!」
周りのクラスメイトはまたいつものが始まったな、と彼女ら二人を目の端に捕らえながら思った。ライバル同士の彼女らは顔を合わせたら言い合わないと気が済まないらしい。
レイドは広げていた教科書を閉じて、騒動の間にいつのまにか入ってきていた青髪の少女を見遣った。彼女の方はフェーネと違い、薄着過ぎるぐらい薄着である。見ている方が寒くなるくらいなのだが、彼女は寒さに強いらしくこれくらいは寒いの内に入らないらしい。曰く、彼女の故郷には雪がかなり積もるとのことだ。レイドにとっては考えられない世界だった。レイドの故郷は年に二、三回降れば多いくらいだったから。
「おはよう、セレナ」
「ん、おはよう」
教室の隅にあるセレナの席にレイドが辿り着いた時には、彼女は既に机で本を読み始めていた。机には所狭しと分厚い本が積み上がっている。
これを一日で読破するだけでも驚くのに、彼女はそれを全て覚えてしまう。尋ねればすぐにどの本の何頁と答えられるのだ。まったく恐ろしいものである。
今朝セレナが読んでいるのは魔学関係の論文のようだった。様々な図形に細かい字が書き込まれている。見たところ、最近発表された論文らしかった。当然試験には関係ない範囲なので、試験のための勉強ではない。セレナはとっくに学校の必修範囲は終わっているため、召喚術師学校内で大学や研究機関で行われているような内容まで手を出している。手を出せるように学校の図書館に本だけは揃っているが、実際に手を出すのはある分野で極めたいと思っている数少ない人間だった。彼女のような万能人はどこを探してもいない。
今となっては、図書館に入る新しい本は即座に彼女の元へとやってくることになっている。それはつまり、彼女は既に図書館に収まっている膨大な書物を読破しているということだ。
「ん?」
「どうかしたのか?」
「・・・・・・いや、何でもない。どうってことないなら、いいよ」
急にセレナに見つめられたレイドは思わずどきっとしてしまった。色々理由はあるのだが、セレナの目は何もかも見通してしまう気がするというのが一番の要因だと思う。
聖四王族のジャスティス一族という特殊環境でも、レイドは周りを翻弄させるような言動をとることが出来る。しかし、セレナにはいつも敵わない。セレナであるからには無駄な言動ではないはずだが、理解不能なことが多いので何か解説を求めたくなる。
訊くかどうかを、レイドは躊躇した。
「セレナさん、レイド。おはようございます」
レイドが迷っている内に、丁寧に挨拶をしてきたのは笑顔標準装備で腹は真っ黒で有名なディア・カルセオクスだった。
ディアは今年初めてセレナやレイドと同じクラスになった。彼はセレナ、レイドに次ぐ学年三位の成績を持つ実力者である。学年開始当初は学校一有名と言っても過言ではない、学校史上最高の天才と呼ばれているセレナに対して、ディアは強い警戒心を持っていた。今ではそれは当たり前のこととして受け止められているが、本当なら実に奇妙なのである。
セレナは貴族の出身ではない。その後ろ盾があるわけでもない。レイドのように貴族とは別格の名門なら話は別だが、彼女はそれにも該当しなかった。上級学校の中ではトップと呼ばれる召喚術師学校にはいるための学力は、ある程度の経済状態の良い家柄でなければ修得できないはずなのに、むしろ周りにいる貴族全てを凌駕する学力をセレナは得ている。何者なのかは誰もが疑うところだった。彼女は一貫して、辺境の村から出てきた平民だと言い張っている。
ディアも最初は警戒していたが、一ヶ月ぐらい経つと彼もセレナの実力を認めざるを得ず、今では試験一週間前ぐらいから毎日質問するようになった。見ると、今朝も教科書やらノートを抱えているようだった。
ディアが持ってきたものを見て、セレナは簡潔に質問の答えを言う。ディアは度々相づちをうちながら、納得したようだった。更に、セレナはノートの切れ端に参考になる書物名と頁数を書き込んで渡す。
セレナが普段勉強を見ているのはフェーネなので、教えるのは専ら基礎や標準の問題である。セレナが最も嫌がる、面倒臭い解説を強要されているのだ。対して、こういう学年トップクラスの質問はセレナにとっては、嬉しいものなのかもしれない。
「そういえば、セレナさん。今朝は何を読んでいらっしゃるのですか?」
「古代魔学の封印術に関する考察、かな。色んな遺跡を調査はしてるみたいだし、魔学的にも歴史的にも考察はしてるけど推測の域を出ていない。言ってしまえば、全部的外れだと思うけどね」
「的外れ?」
「そ。古代魔学は現代と違ってエルフ族が開発したものがほとんどを占める。特に封印術は厄介でね。一般の学者がどれほど手を出したところで無理な話。解明にはエルフの魔術が必須と見るべきだろうね。封印術に使われている古代語は学校で習えるようなエルフ語とは違って、旧字体で今では使われていない文字も多い。ま、現代のエルフでも古代魔学を解明するのは不可能かもしれないけど」
「どうしてだ?」
「言った通り、使われていない旧字を知っているエルフなんてほとんどいない。しかも現代のエルフに封印術はもう必要のない代物になったせいで、失われている。それと・・・・・・」
「それと?」
先を促すレイドとディアに、セレナはこれ以上話を広げるのを躊躇っていた。しかし、あまりにも興味津々そうな二人に押され、溜息をつきながら応じる。
「古代魔学の封印術っていうのは解除者を選ぶ仕組みがあると思う」
「解除者を選ぶってどうやってですか」
「考えれば簡単な話なんだけど。一つは魔力の強さ。もう一つは魔力の質かな。魔力は基本的に血統で決まる。その血縁者にしか反応できないように封印術を施す。そうすれば、古代の縁者にしか封印は解除できない」
「そんな開けられない封印を施してまで、何を隠しているんでしょうか。古代魔学で封印された遺跡は多くはないですが、少なくもないはずでしょう」
「わざわざ封印という形を選ぶ以上、生かすも殺すも出来ない代物、てことか?」
「そういうことだろうね」
セレナはぱらぱらと本をめくると、つまらなそうに本を閉じた。きっともう読み終わって、内容も覚えたに違いない。
間違っていると思っていながら、セレナは見たものは全部覚えている。どんなに的外れと言っていても、わざわざ覚えているのは二人とも不思議だった。
「それで、セレナさん。お時間があれば、もう一つご質問を・・・・・・」
「ディア!
昨日教えてもらったところをもう一度教えてくれんか?
今度こそ、セレナ・ヘルウェンディに勝つためにな!!」
ディアの顔が一瞬引きつる。その後、意気消沈しながらも顔だけは笑顔にして声の主へと歩いていった。ディアが面倒を見ているゼノン・アポステリオリだ。
やたら貴族意識が高いゼノンはセレナのことが気に入らないらしい。なにより、召喚術が炎属性で同じだというだけで目の敵にしたのだ。それ以降は打倒セレナを目指しているらしいが、手伝っているディアは仕方がないので付き合っているという感じだった。幼馴染みの宿命だろう。セレナを倒すためには、まずディアを越えなければならないということを、お馬鹿なゼノンが理解しているのかは怪しい。
「セレナー、レイドー。今日は一時間目から戦闘実戦訓練だってさ〜」
フェーネがロメリアの口論を終えて、二人の所へと寄ってくる。
試験前だろうと体が資本の召喚師に戦闘実戦訓練の時間が減らされることはない。寒かろうと暑かろうと、どんな状況でも戦えることが大切だからだ。
「ん、行こうか」
セレナの声に頷いて、レイドもフェーネを追う。そして、レイドはすっかりセレナの言葉の真意を聞き忘れた。
* * *
何か変だ、という確信を持ったのは昼頃のことだった。
歴史の授業が終わり昼休みを告げる鐘が鳴ると、レイドはふっと息を抜きながら机に突っ伏した。幸いインクは乾いているので、服が汚れることはない。
どうにも疲れが溜まっている気がする。どことなく身体もだるい気がした。普段から人一倍身体を鍛えているはずのレイドだが、本当に連日の夜更かしが祟ったのかもしれない。昼休みに仮眠をとるならば、早めに食堂に移動した方が良い。いまいち食欲もないが、力が出ない時こそ食事はとっておくべきだ。
「大丈夫ですか、レイド?」
前の席に座っていたディアが席を立ちながら心配そうに尋ねた。レイドの様子が違うことに気がついていたらしい。
一般人では気がつかない程度だが、ディアは貴族の中でも、騎士の家系だ。幼い頃から騎士となるべく修行していた身の彼から見れば、レイドの不調は目に見えて明らかだった。
ディアに心配されるとは大雪が降りそうだなと、レイドは頭の端で思った。
「大丈夫だ。少し疲れてるだけだよ」
「不調なら保健室に行った方がよろしいのでは?」
「大したことないさ」
レイドは苦笑しながら、席を立つ。心配するなというようにディアに手を振るが、ディアは訝しそうにレイドを見つめていた。
正直に言えば、これはレイドの意地でもあった。ディアとの間にある因縁で今は和解しているが、極力弱みを握られたくないという思いがあるために。
「レイド、やっぱり」
ディアもレイドが意地を張っていることは理解していたし、いつもならそれを尊重しようと思っていた。だが、レイドの様子は見逃せないほどおかしい。
ディアは逡巡した挙げ句に呼び止めようとした瞬間、レイドの身体は大きくよろめいた。反射的にレイドを受け止める。
「レイド!」
ディアのただならぬ声に、他のクラスメイトも異変を感じ取ったようだ。しかし、ディアはそれどころではない。慌ててレイドの体を支えながら、額に手を当てると酷く熱かった。見るとかなり冷や汗もかいているようである。息も荒いようだった。どう見ても普通じゃない。
慌てたクラスメイトがレイドを心配して近くに寄ってくるが、ディアはそれに構わずレイドを持ち上げる。レイドの身体は随分と軽かった。
「レイド君!!」
そんな騒ぎ立つ女子生徒の声を聞きながら、レイドの意識は闇の中へと落ちていった。
* * *
その日の夜、男子寮は騒然としていた。試験を控えて、勉強に集中したいと思っている男子生徒は大迷惑だったが、原因を咎めようにも逆に一喝されるという有様だ。
原因はレイド・ジャスティスの自室前、レイドが倒れたという噂を聞くや飛んできたという女子達である。試験前で夕食を食べればすぐに自室に引き籠もるのが日課であった生徒も今日ばかりは別だった。皆、慌てて飛んできたという形相だ。
他の男子生徒がいくら倒れようとも見向きもしない女子達が、今日は都市の大規模商店がセールをした日のような姦しさ。男子生徒は勉強を邪魔されることよりも、別の精神的なダメージの方が大きい。レイド自身に罪はなかったはずだが、レイドは今や男子生徒全員から恨まれていた。
「ちょっと、わたくしはレイド君の看病に来ただけですのよ。邪魔しないでくださる?」
「そんな、あたしだってレイド先輩のお見舞いに」
「まあまあ、貴方たちは部屋で勉強していなさいな。その分までしっかり私が看病しておいてあげますから」
女子生徒達が押し問答を繰り返す内に、業を煮やした年配の女性が一人怒鳴りつける。
「あんた達、全員さっさと帰りな!」
「まずはそこにいる貴方がお退きなさい!!」
そうやって、めげずに女子生徒達の中で単身奮闘して扉を守っているのが寮母だった。こういう事態は事前に予測されたため、早めに対策を立ててやってきたのである。
レイドは先輩後輩同級生と問わずに大人気だった。もちろん本人にこれといった意図はない。鮮やかな金髪と空色のような水色の瞳を持つ好青年で、成績は優秀、実戦でも群を抜いて強い。性格も優しく責任感があり、頼りになる。彼の一族は聖四王族、守護の『ジャスティス』という剣術で知られる名門中の名門だが、庶民派の『ジャスティス』出身だけあって、レイドは名門を鼻にかけることはない。様々な場で彼に手助けをされたことがある女子生徒は多く、一瞬で惚れ込んだ者もまた多かった。
勿論、レイドが大人気であるということも彼女たちが集まった理由の一つだったが、それ以上にこんな現象を引き起こした理由がある。
レイドが倒れたところを目撃した生徒、またディアに運ばれるレイドを目撃した生徒達がいる。そして、その生徒達が抱いた印象は一つだった。普段強くて優しくて頼りになる、あのレイドがいかにも弱々しくて顔を赤くして苦しんでいる。それだけで、彼女達の心は中心部を射貫かれた。
是非見てみたい。そして、看病をしたい。ついでにレイドにアピールもしたい。それが皆が皆、看病を申し出る理由である。
「うわっ、すご」
夕食を終えて他より遅れてやってきた、レイドが最も親しいはず友人のセレナとフェーネはその光景を見て唖然とした。呆れるばかりの景色である。女子生徒の数はどんどん増えて最早扉どころか、それを死守する寮母の姿も見えない。完全に出遅れたようだった。
「レイドのお見舞いに来ただけなのに〜!」
「諦めてさっさと戻って勉強しなよ、フェーネ」
「何よ、セレナ。セレナはレイドが心配じゃないわけ?」
「馬鹿馬鹿しい。時間の無駄。私は先に戻るよ」
「ちょっと!」
セレナを追おうとしたフェーネだったが、ふと思い立って即座に諦めると、自身も女子の群れの中へ突き進んでいく。セレナが身を退いてくれるなら好都合だと思ったからだ。
今年の夏、レイドに関して一つの騒動が起こった。それが、レイドはセレナと付き合ってるんじゃないかという疑惑である。
進級試験が終わり夏休み前の頃、その時期からレイドがセレナを校外に誘うという場面が数回見られた。レイドを狙っている女子生徒にとって、二人が親しいのは前々から認めたくはない事実だったが、それが恋愛であれば話は別だ。セレナを尾行する者、嫌がらせをする者、直談判する者様々に現れた。
もちろん尾行する者はセレナに返り討ちに遭い(セレナは以前から、後ろにいる者は知り合いであっても徹底的に返り討ちにする癖がある)、嫌がらせは完全に無視され(回避されるか嫌がらせとすら認識されない)、直談判はセレナが呆れて相手にされなかった(溜息一つで立ち去ってしまった)。
それがエスカレートしていったとしても、実力行使でセレナに敵う者がいるわけがない。どうしようもなく打ちひしがれる者が続出し始めた頃、レイドがセレナに実戦の特訓を頼んでいるということが明らかになった。
実戦訓練の相手として、レイドの相手が務まるのは学校探してもセレナくらいしかいないのも事実であり、代わりに自分がと言える人間はいなかったため、それならと仕方なく了承することにした。
こうして二人の関係は完全に誤解だったということで決着したのだが、それでもフェーネはセレナをレイドに近づけたくはなかった。二人は付き合ってはいないが好意はあるのではないかという疑惑が、フェーネの中で燻っているからだ。レイドに恋心を寄せる内の一人として、有力なライバルは一人でも多くいない方が良い。
レイドが付き合いたいと思っている相手はまだいないという情報が、皆の持つ唯一の希望だ。
「あ〜、もう!」
群がる女子の中でフェーネは苛立ちから、いつ戦争が始まるか分からない剣幕で大声を上げていた。今夜の男子寮は暴動が起こるかもしれない。
* * *
一方、セレナはレイドに対する未練は欠片もなく、すたすたと廊下を歩いていた。フェーネの心中など知る由もない。
寮内は試験前になると勉強会を開く生徒もいるので所々賑わっているものだが、今日の女子寮は物音一つしないくらいに静かだった。
こういった騒ぎは遠くで見ている方がいい、が持論のセレナは溜息混じりに呟いた。
「誰もいない部屋の前に集まって、何が面白いんだろうね?」
セレナがフェーネに時間の無駄だと言ったのはこういう理由なのだが、そうだと知る者は誰もいない。セレナの言動には意味があるのだが、理解しにくく誤解されやすい。
「カシス。あなたの根回しだよね」
「やっぱり、セレナさんには敵いませんね」
「ディアとカシスが組んでいるなら、あり得ることだから」
廊下の影から現れたのは、レイドと同じく金髪と水色の瞳の少女だった。邪気がないようで、邪気しかない笑みを浮かべる彼女は学校の生徒ではない。
まだ背は小さく幼さはあるが、ディア同様にごく一部では腹が黒いことで有名なカシス・ジャスティスはこういう事態をあらかじめ予想していた。だから、ディアにレイドを保健室に運ばせた後、一度自室まで運び、窓から誰にも見つからずに脱出して部屋を変えるという作戦を考案した。寮母にはレイドの部屋を守らせる。寮母が守っているから、レイドがそこに寝ていると思いこませることが出来るし、万が一にも寮母が敗れたとしてもレイドはそこにはいないという仕掛けだ。
従妹のカシスとカシスの兄しか知らないが、根本的にレイドは女子が苦手だった。小さい時にカシス以外の女子が周りにいなかったというのもある。召喚術師学校に来て、初めて女子という存在を意識したレイドにとって、普段からその存在は気を遣う存在だ。だから困っていると手を貸してばかりいるらしいが、それがいつも逆効果となってレイドに襲いかかる。
したがって、あんな状態で実際に部屋にレイドがいたなら、逆に心労で病気が悪化してしまう。レイドでなかったとしても、おちおち寝ていられないだろう。
レイドの周りに集まる癖に、配慮がなっていないとカシスは内心毒づいた。
「あんな状態じゃ、レイド様も休めませんよ。それに、レイド様はこっちの方が嬉しいですからね」
そうして、カシスは強引にセレナの手を引いた。
* * *
学校敷地内にある雑貨屋が現在カシスが居候している場所である。一階は普段学生達が利用する店舗だが、二階は雑貨屋を経営する夫婦の居住スペースで、三階はカシスの部屋と倉庫だった。居候という文字通り、カシスは雑貨屋を経営している夫婦の子ではない。
夫婦も同じジャスティス一族ではあるが、カシスは諸事情あってやってきた居候の身だった。本当ならカシスは幼年学校を飛び級するほどの学力の持ち主で、上級学校の推薦書ももらっていたのだが、一族の極秘任務のために全てを捨ててカシスはこの地へ赴いたのである。そんなカシスを夫婦は哀れに思ったのか、勉強できる一式と部屋をカシスに与えていた。
そして、今日はそこに違う人間がベッドで寝ているはずだった。
「なにやってるんですか、レイド様は!」
三階に辿り着き、カシスは部屋の扉を開けると、そこにはベッドの上に教科書やノートを広げて座るレイドの姿があった。
「何って。休み休みやってるから、大丈夫だよ」
「何が大丈夫なんですか、ちょっと目を離せばすぐ無理をして!」
掠れ声のレイドは度々咳をしながら大丈夫、と言った。全く説得力はない。顔もだるそうで、ちっとも熱は下がっていないようだった。
「もう堪忍して下さいよ、こっちも最終兵器を持ってきたんですからね。これでレイド様も往生です!」
往生したらまずいだろうと、レイドが突っ込むよりも前にカシスはドアの外から最終兵器を持ち出してきた。青髪の少女はレイドと目が合うと、盛大に溜息をつく。レイドも反論なしで固まるしかなかった。しばらく硬直してから、やっとのことで咳をしながら声を出す。
「カシス、感染(うつ)ったらどうするんだよ」
「でも、現在進行形でレイド様の部屋の前で騒いでる方々よりも、セレナさんに来ていただいた方がレイド様もよかったでしょう?
下級生で流行してる風邪と同じ症状みたいですし、こじらせたら面倒ですからね。レイド様がどうしても大人しくして寝てくださらないので、セレナさんにお願いしたんです」
「そういう、ことじゃ」
セレナが来てしまうと、逆に落ち着いて寝ていられないなどとレイドが言えるはずがなかった。そこらの女子生徒より、違う意味でレイドには毒だ。
口に出せずに焦っているレイドを見て、カシスは楽しそうに笑っている。困っている様子を見て楽しんでいるのだ。
そんな二人の間で、何とも言えぬ沈黙がしばらく続く。どうにも前に進む様子がないので、セレナは仕方なく割って入ることにした。
「状況は分かった。カシスは今日私の部屋で寝てくれていいよ」
「え、本当ですか?でも、セレナさんが」
「私はどうとでもなるし。何とかしておくよ」
「わかりましたー」
カシスは大人しくセレナの言う通りに部屋を出て行く。レイドにはカシスがにたにたと笑っていることが分かっていた。昔から見慣れた小悪魔の顔だ。
レイドは病気が治ったら仕返し、もとい、退治してやると密かに決意した。
「ま、半分は私にも責任があるし」
ぼそっとセレナは呟いた。レイドが聞き返す前に、セレナはごく自然な足取りでベッドに近づいてくる。レイドが反射的に目を閉じると、セレナはそっとレイドの額に手を当てた。ただでさえ赤い顔が更に熱くなるのを感じる。
情けなくて泣きたくなった。一応、男としての矜恃もあるので泣いたりはしないが、セレナにこの状態を見られているとなるとまさしく顔から火が出そうな心地だった。
手が離れた感覚からそっと目を開けてみると、いつの間にかセレナはベッドの上に広がった教科書類を片付けていた。
「魔核解放と魔力回路の緊急矯正には、どんな反動があるかは分からなかった。なにせ、そんな無茶なことをしたのは人類でもレイドが初めてだろうからね。出来る人間もいなかったんだろうけど。考えられていた反動は、エネルギー制御の不安定さからくる体重の極端な減少と過度の疲労、そして一時的な免疫不全。だから食べ物は多めに取るように言ったし、生活習慣には気をつけるように言ったはず・・・・・・なんだけど?」
セレナの呆れ声に、レイドは唸るしかできない。確かに言われていたが、完全に忘れて夜更かしをしていた。油断していたのだ。
今年の夏、セレナに頼んだのは根本からの戦闘力を上げることだった。レイドはセレナに手加減されても、及ぶことがないと悟っている。根本的に何かが欠けているということは分かっていたが、それが何かが分からないためセレナに相談した。最初は断られたが、フェーネには勉強を教えているのにと無茶苦茶な子供っぽい理由を付けると、セレナは渋々了承してくれた。
セレナが指摘したのはいずれも魔法を生み出す源、魔力についてだった。
一つ目は、レイドがかなり偏った魔力の使い方をするせいで、身体の中に巡らされた魔力が通う血管のようなもの、魔力回路が歪になっていること。これは少しずつ、生活習慣のように改善していくところなのだが、急遽どうにかしたいとレイドは頼み込んだ。普通なら年単位でかかるところを、仕方なく、セレナですら今まで試していなかった方法で、一気に矯正したのだ。
二つ目は、レイドの魔力の心臓部である魔核を過度に抑制する癖を持っているということ。そのせいで、どう頑張っても力が引き出せなくなってしまっている。レイドが使用している魔核は本来の三十パーセントだと、セレナは指摘した。これもまた頼み込んで、今まで試したことのないセレナの方法によって、四十パーセントまで無理矢理引き上げてもらった。
その反動で何が起こるかは、セレナにも分からなかった。体そのものを無理矢理にいじることになるので、セレナは最後まで反対したが、理論上は出来る方法だったのでやってしまったのだ。つまり、理論上は可能だと言って、内臓をいじくり回したのと同じである。後から想像すると生々しい。
「さっきも言ったとおり、今回は私にも半分責任はあるから。どうにかするよ」
「でも、セレナに感染ったら」
「そんなに私がヤワだと思う?元々不調だったレイドはともかく、普通の状態の私が」
「でも」
「とりあえず、下から薬とか色々持ってくるから。大人しくしてなよ」
セレナがそのまま部屋を出て行こうとするので、呼び止めようとした。しかし呼び止められる前に、彼女は何かを思い出したかのように立ち止まった。
「『戻ってくるまで寝てろ』」
冷ややかにも聞こえる強い口調で言うと、そそくさとセレナは出て行ってしまった。瞬間、レイドは枕に頭を叩きつけられる。
まさか、こうもあっさりと高等法術を使われるとは思っていなかった。ただでさえ頭痛のする頭が、物理的にも精神的にも更に痛くなった気がする。
法術という魔法はイリステンドが使える魔法の一つである。今では怪我を治したり、邪悪な者を払う魔法として使われる法術だが、本来の用途は違うことをレイドは知っている。本来の法術はまさしく、対象者に『法』を与える術なのである。つまり洗脳とは別に、強制的に相手を束縛する術だった。そして、この術は術者と対象者の実力差があればあるほど威力は高くなる。
この法術が使える者は世に少ない。潜在的な魔力の強さ以外にも幾つか隠された要素が影響するからだ。しかし完全に条件が揃ってしまうと、この術は魔法を使うための詠唱がいらないから危険だった。使うつもりもないのに使ってしまうことだってあるらしい。
この話を父から聞いた幼い頃、父は話しながら苦笑いをしていた。父に対して実に強力なそれを使った法術師は、全く法術を使った自覚がなかったらしい。おかげで大変な目にあったと、父にとっては苦い経験として心に残っているようだった。
レイドもこの法術を使った経験はある。確かに一般の法術や召喚術とは違って目に見えるものではないし、使った本人がその効果を良く認知できない点は危険だ。
セレナが自覚があって法術を使ったのかは分からないが、自覚なしで使っていてもセレナなら驚かない。少なくとも、枕から僅かたりとも頭を離す事が出来ない現状は、セレナとレイドの間にかなり実力差があることを証明していた。
病気で本調子ではないとはいえ、セレナの法術にここまで刃が立たないと流石に情けなかった。
* * *
雑貨屋の奥にある調合室でセレナは目的の物を漁った。
暗い室内だったが、別に明かりを用意しようとは思わなかった。何より面倒臭い。他に誰かがいるなら不便を感じさせるだろうが、自分だけなら見えるから問題ない。何より使い慣れたこの部屋は、どこに何があるのかもおおよそ把握している。
この頃は調合師が不足し、薬の値段が上がっているので、原料しか安価で仕入れることが出来ないらしい。そこで、セレナはカシスに頼まれて調合をすることがよくあった。セレナは故郷で薬屋をやっていたこともあるので、造作のないことだ。フェーネが雑貨屋で値切り買いをする習慣があるので、その代金の埋め合わせの事もあるし、こっそりと新薬開発をすることも出来るので一石で何鳥にもなる。
いつもの場所から鉢と棒を見つけ出し、雑貨屋が仕入れた薬の原料を少しだけ拝借する。鉢にはその原料と、自分のポーチに入っていた残りの薬草を少し取り出して入れた。
このイクセリオンに住む種族、イリステンドには薬草を調合する技術がない。イリステンドは主に木の実や根から薬を作る。薬草を調合するのは、エルフ族の持つ秘術だ。よって、薬草を調合する秘術をセレナが知っていることがばれると、いささか面倒なことが起こると想定される。つまり、エルフと関係があるともろにばれてしまうということだ。エルフはイクセリオンにはいないし、その血を引く者は迫害されて処刑される。
セレナは手早く調合を済ませると、後は飲みやすいように改良を加えることにした。このままだと自分は良いとしても、普通の人間では苦すぎて飲めた物ではない。
炉に火を灯して湯を沸かすことに決めると、炎を眺めながら水が温まるのを待った。こうして薬を作っていると、度々義理の弟のことを思い出す。
義弟は身体の発達が人よりも遅く、幼い頃はかなり病弱だった。セレナが介抱をしたことも何度かある。よくよく考えてみれば、義弟とレイドは結構似ている部分がある気がした。
「さっきは少しやり過ぎたかな」
セレナは昔よりも法術が見違える程に強くなっている。魔法自体彼女にとっては手足のように扱えるが、故郷にいた頃のセレナにとって法術は苦手な部類だった。
法術が上手く扱えるようになったのは召喚術師学校に入学してからだろう。おかげで今では、先程のように命令口調を使うだけで法術が使えるようになってしまった。普段は一応気をつけてあからさまな命令口調は使わないようにしている。
「ん、こんなものかな」
しかし、セレナはレイドに対して法術を使ったことに反省はしていなかった。言う通りに寝ないレイドが悪いのだから。
* * *
セレナが部屋に入ってくると、ようやくレイドはセレナの法術から解放された。彼女の法術は『戻ってくるまで寝てろ』だからである。
レイドは何も言わずにセレナを恨めしそうに見るが、セレナの方はしれっとしていて全く気にしていないようだった。これでは意図的にやったのかそうでないのか、判別がつかなかった。
セレナの持ってきた薬はセレナお得意のハーブティーになっていた。ゆっくり飲んでも構わないが、全部飲むようにという忠告付きだった。セレナは苦いものが得意だが、レイドはフェーネほどではないがあまり得意とは言えない。まだお子様味覚と言われればそうだが、セレナのように普通のハーブティーを美味しく飲めるのはまだ先のことになりそうだった。しかし、薬はセレナの配慮で飲みやすいよう甘くなっており、レイドでも飲めるという代物だった。むしろ、美味しい。
「迷惑かけて、ごめんな」
「半分は私の責任だって言ったと思うけど?
半分はレイドの不注意だけど」
「・・・・・・ごめん」
レイドの咳をしながらの掠れ声は、普段のレイドしか知らなければ驚くほど弱々しかった。そして恐らく、あの扉の前に群がる女子が聞けば発狂するほどの可愛げがあった。
レイドがここまで頭を下げるのも、セレナ以外にはいないだろう。少なくともレイドはたとえ一族内でも、ここまでする相手は思いつかない。
「レイドは昔から寒いのが苦手だったね」
「昔・・・・・・?」
「こっちの話だから、覚えてないなら別にいいよ。ほら、飲み終わったんだったら、さっさと寝た方がいい」
カップが空になっているのを確認すると、セレナはレイドからカップをふんだくった。レイドは困惑するしかない。
「セレナはどうする気なんだ?」
「レイドが寝るまでは見張ってるよ。どうせ部屋はカシスに占領されてるし、適当に休んでるから気にしなくていい」
それが一番落ち着いて寝られない原因なのだということをレイドが説明したところで、セレナは理解しそうにない。セレナの薬が効いているのか、驚く速さで熱が収まっていくのは分かるのに、顔はものすごく熱くなっていくのが分かる。
誰かに見られたら。特にカシスが見たら何て言われるか分からない。セレナは何も気にせずにレイドを見ているが。
諦めてレイドは布団の中に入った。すると、冷たいタオルが額の上に置かれる。レイドはこれ以上セレナを見ると本当に恥ずかしさで寝られなくなりそうなので、無理矢理に瞼を閉じた。我ながらみっともない光景だ。
セレナが近くにいると逆に落ち着けないと思っていたが、レイドは気がつかない内に、心地よい眠りに落ちていった。
* * *
翌朝、レイドはいつも通りの時間に目が覚めた。少し眠たい目を薄く開けると、窓から見える空はまだ少し暗いようだ。寝起きのせいか頭がぼうっとしているので、目をこすりながらどうにか覚醒させようとした。
「ん、起きたみたいだね」
「うわっ・・・・・・!」
不意に聞こえた声に驚いて思わず間抜けな声が出ていた。一瞬で目が覚めたレイドは身体を起こして扉の前に立っているセレナを見つける。思った通りの呆れ顔で溜息をつかれていた。起きてすぐにセレナの顔を見るなんて、嬉しさ半分、朝から心臓に良くない。
「朝食はこれ。さっき下で作らせてもらった。あとは」
ベッドの脇に置いてある机に朝食を置く。見たところ、レイドが実家で見たことがあるお粥のようなものだった。ただ、米ではなくてパン粥だし、セレナのことだから中に薬が混ざっているはずだ。所謂、薬膳なのだろう。
ありがたく朝食を頂くことにして、レイドは木製のスプーンを手に取った。思った通り、薬の混じった味はしない。セレナの配慮によるたまものだ。セレナは勉強や戦闘だけが有能なのではなく、家事も出来て、本当に器用で羨ましい。自分もそんな器用さが欲しいと切実に思う。
そんなことを考えていると、セレナはカシスの勉強机に置いてあった紙の束をレイドに差し出した。
「これは?」
「大人しくしてるなら、今日でも学校に復帰は出来るだろうけど。また無理されて看病に来るのも面倒臭いし」
紙の束を受け取って内容を見てみる。見ると、今回の試験範囲についてそれぞれの教科ごとに要点がまとめられていた。
試験範囲は決して狭くない。学期末試験だから、前回の試験内容も少し含まれているはずだ。だが、レイドであれば三日はかかる分量をセレナは一晩でまとめていた。自分の無力さをひしひしと感じる。
「どうせつまらない意地で、夜遅くまで勉強してたんでしょ?」
レイドが夏に特訓を頼んだ際、フェーネは勉強を教えてもらってるのだから、自分には実戦の訓練をつけて欲しいと頼んだ。それは即ち、勉強は自分でどうにかするので強くして欲しいという意味でもあった。なので、どうしても勉強でセレナを頼ることは出来ないと考えていたのだ。そのせいで苦手な勉強を無駄に効率悪くやっていたため、夜更かしが続いたのだった。
「でも、いいのか?
こんなに」
「言っておくけどね。フェーネは勉強だけじゃなくて、召喚術も私の所に聞きに来てるし。別にレイドが一人で意地張っても張らなくても状況は変わらないよ。今回みたいに余計に面倒臭くなるくらいだったら、やめてくれない?」
「ごめん」
本当に頭が上がらない。少なくとも在学中はずっとこんな感じな気がする。これまでも、これからも。
「謝る必要はないよ。それも含めて、半分は私に責任があるって言ったんだから。それよりも授業始まるから、その前に着替えてきたほうがいい」
レイドは感謝を述べて、再び粥を頬張った。それを見ながら、セレナは部屋を出る。セレナはふっと力を抜きながら、閉じた扉に寄りかかった。
誰もいない廊下で、誰にも聞かれないようにそっと呟いた。
「本当にお礼を言うことになるのは、きっと私の方だよ。レイド」
外ではそっと、今年の初雪が降り始めていた。
* * *
レイドはその日直ぐに授業に復帰した。下級生が数日は寝込んでいる病気をけろりと治してきたレイドに、皆が驚くと同時に心配した。レイド自身、起き上がって病み上がりを感じさせない調子に驚いたものだ。セレナには本当に感謝している。セレナの方を少し見てみたが、その朝もいつも通りに何事もなかったかのように本を読んでいた。
また、レイドが復帰したという知らせを聞いた女子生徒が、たくさんの見舞い品を持ってレイドのクラスに押しかけてきたのは言うまでもないことだろう。
聞いた話だが、レイドの自室前で奮闘していた寮母は夜通し女子生徒達が完全に諦めるまで戦ったらしい。その武勇伝を聞いて、後でお礼をしにいこうと、レイドは心に決めた。だがそれも、レイドを追いかけ回す女子が目立たなくなってからのことになりそうだった。
試験はセレナの作ったまとめのおかげで、これもまた病み上がりを感じさせない結果になった。むしろ普段よりも点数的には良かったかもしれない。しかし相変わらず、順位は二位だった。ディアは病気だったのに凄いと褒めてくれたが、間違いなく皮肉だろう。裏では絶対に舌打ちしていたに決まっている。一方で、セレナも相変わらず一位だった。ただでさえ苦手な勉強でセレナに勝てるとは思っていないので、勉強に関してはレイドもこれで十分満足している。セレナに並ぶには全教科満点を取る必要があるからだ。そんな化け物じみた挑戦を試みるほど、レイドも馬鹿ではない。でも、これからは悩む前にセレナに相談しようと思う。
そんなこんなで、あとは冬休みの開始を待つだけだった。雪が降ることの多くなった召喚術師学校では、少しずつ救済祭の準備が進められている。
救済祭は千年前に世界を救済した神子セレネーデを讃える日で、一年で最も盛大な祭になる。
「で、カシス?」
「なんですか?」
救済祭に合わせて店内の装飾をしていたカシスに、レイドはわざと不満げたっぷりに話しかけた。彼女はというと、何も悪いことなどしたことはないというように無邪気に笑っている。
「試験前はよくもからかってくれたな」
「あぁ、そのことですか?
セレナさんに看病してもらって良かったじゃないですか。本当は嬉しくて嬉しくてたまらなかったんでしょ?
私も敬愛するセレナさんの部屋でぐっすりと眠れましたし。あ、もしかして。病気が一晩で治っちゃったことが残念だったんですか?」
「・・・・・・カシス、ちょっと剣を持って外に出ようか」
「嫌ですよ。雪も降ってますし。それともまた風邪をひきたいんですか?仕方がない人ですねー、レイド様は」
「病み上がりで調子が鈍っていないかどうか試したいんだ。丁度試験も挟んだことだしな」
レイドは腰に差した二本の剣の内一本をカシスに投げつける。ほぼ反射的にカシスはそれを受け取っていた。
カシスもジャスティス一族の一人であるからには、剣は扱える。それもジャスティス一族の中では指折りの才能だと言われるほどだった。だからといってレイドに敵うほどの腕ではない。ジャスティス一族でもレイドと打ち合えるのは本家にいる師範代と自分の兄しか、カシスは思いつかないのだから。
「あの、私はまだ仕事がありまして。冗談なら」
「生憎と僕は冗談を言ってるつもりはないんだ」
「も、もちろん手加減して下さるんですよね?」
「もちろんだよ。でも久しぶりだから、加減を間違えることくらいはあるかもしれない」
「あの、え、えぇっと」
カシスは冷や汗でびっしょり濡れていた。何より、レイドが顔が笑っているのに声が笑っていないことが一番怖い。言い逃れは出来そうになかった。
「『表に出ろ、カシス・ジャスティス』」
その時、カシスは命の覚悟を決めた。足は『勝手』に、カシスの意志に関係なく、店の外へと向かっていく。地獄の始まりだった。
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