Legend Story -the heir of the world- 

第壱章 平和な世界イクセリオン -Peace is not happiness-
 Section4 雨の中、燃える焔 



   *   *   *


 失敗した。
 手に持った紅茶入りのマグカップを握りながら、溜息が零れる。フェーネの提案で休憩をとることになり、少し早めの昼食をとりながら、先程の失態を思い返していた。昼食といっても、元々食が細い、というよりも食べなくてもそれほど問題がないために食に対して興味が薄いこともあって小食ではあるが、気分が悪くて紅茶を飲むだけに留めている。ここ三日間ほとんど食べ物を口にしていないことは二人にも知られていて、心配されているのは分かっているが、無理矢理にでも食べる気にすらなれなかった。
 向けられる心配には、今まで気にしないで良いという答えになってない答えしか出来ていない。自ら解決出来るものではないとはいえ、その末に犯してしまった失態には呆れるしかなかった。

「やめにしよう」

 張り詰めた空気の中、昼食のパンを食べ終えたレイドは開口一番そう言った。居心地悪そうにしながらパンを囓っていたフェーネはあまりに唐突な言葉に驚いて思わず体を震わせ、レイドを一瞬見た後に私へと視線を移す。口にはしないが、目で訴えかけているのは助けてか、どうにかしてか、とにかくそのような意味合いだろう。
 ああ、これは珍しく本当に怒ってるなと、セレナは他人事のように思った。

「僕が先頭を歩く。もうブリューネルまでそれほど距離もないだろ。いつも通り僕が先行して魔物を倒すから、二人は支援に回ってくれ」

「却下」

 即答した私をむっとした顔で見るレイドを受け流して、紅茶を一口喉へと流し込む。いつもなら好んで飲む紅茶さえ、毒を呷っているような心地で最後の一滴まで飲み込んだ。それに比べれば、レイドの怒りなど痛くもかゆくもなく、むしろレイドが怒るという珍しい光景に、場違いにも笑いが込み上げてきそうだった。
 レイドが戦闘において本気を出せない性格であるのと似ていて、レイドは本気で怒ることがほとんどない。怒っていたり、不満そうに見えることはあっても、本心では怒っていないことがほとんどだ。フェーネの遅刻癖などは良い例で、最近でいえば入学試験や旅の出発の時などは不満げに愚痴を漏らしはするが、フェーネの心配こそしていても、レイド自身の感情としては全くといっていいほど気にしていない。在学中に嫌がらせで石を投げられようが、水をかけられようが、自分には何をされても怒ったことはない。
 レイドが怒る時は決まって他人が害された時だった。そのレイドが自分の感情を原因にちゃんと怒っているのは珍しくて、私には面白く見えた。そんなことを思っている場合ではないのは重々分かっているし、他人の怒りに面白みを感じることへ自己嫌悪を抱かない訳ではないのだけれど。

「この空だと夕方から夜にかけて嵐が来る。野宿で嵐をやり過ごすのは得策じゃないから、少し強硬手段を使って近道をするつもり。沼を抜けることになるから、レイドにはフェーネのフォローをしてもらわないといけない」

「フェーネのフォローはセレナがやればいいだろ?魔物が多くても僕が対処するから、問題ない」

「多いレベルで済めばいいけどね。それに足場にできる岩とか見分けながら進まないといけないから、レイドにはフェーネを連れてくることに専念してもらわないと困る」

「魔物くらい僕がどうにかする。セレナは」

「ちょ、ちょっと待って!」

 お互い譲る気もない言葉の応酬になることを予感したのか、黙っていたフェーネが慌てて止めに入った。

「セレナ、そうじゃなくて。えーっと、セレナに何か落ち度があるとか、不満とかそういうのじゃなくてね。レイドはセレナのこと心配して言ってるんだよ。月の森に入ってから、ずっと顔色悪そうだし。いや、いつもより魔法とかすごいなーとか思わない訳じゃないんだけど。でも、私も今のままセレナに無理してもらったら、怪我しちゃうんじゃないかとか、倒れちゃうんじゃないかなとか心配だし。えっと、だからね」

 仲裁に入ろうとはしたものの、慌てて介入したせいか言葉がまとまらずにフェーネ自身も混乱しているようだった。その慌てぶりにレイドも多少毒気を抜かれたような顔をしている。

 ―――あんな奴、死んじゃえばいいのに。

 聞こえた。

「喧嘩はしちゃだめ!」

「フレイムアロー」

 空になっていたコップを放り出し、ほとんど反射的に魔法を発動させると、フェーネが叫ぶのと炎の矢が飛ぶのは同時だった。すぐ近くを通り過ぎた炎に驚いて、フェーネが座っていた倒木から滑り落ちる。
 三人の視線の先で、少し離れたところからこちらを狙って飛んでこようとしていた蜂型の魔物が一体、燃え尽きて黒い靄を放っていた。

「当たったらどうするのよ、セレナ!」

「当てないけど」

「当たるかもしれないでしょ、私はレイドとかと違って運動神経鈍いんだから!」

「誇ることじゃないよ」

「そうだけど!セレナが私に当てちゃう程下手じゃないのも知ってるけど!」

「あー、はいはい。喧嘩はしちゃだめ、なんだろ?」

 仲裁に入ったはずのフェーネが言い合いを始めたのを見かねたのか、今度はレイドが止めに入る。
 遥か遠くで雷の音が聞こえる。こちらで雨が降り始めるのはまだ先だろうが、月の森で嵐の中を堪え凌ぐのは、現状ではセレナにとっても良いとはいえない。
 むしろ意地を張っているのは私だけか、と自己を省みながら溜息をついた。ここで言い争っている時間はない。

「分かった。驚かせてごめん、フェーネ。あと、ごめんのついでに、二人とも心配してくれてありがと」

「セレナ?」

「沼に着くまではさっきより距離を詰めて良いから、私が先行のままで進むってことで。雨が降る前に、そろそろ出発しようか」

 こう言えばレイドが反対するのは分かっている。だから、反論しようとするレイドを先に手で制した。

「理由、ちゃんと話すから。急ぐから歩きながらになるけど、それで納得してくれない?気は進まないけど」

 未だ納得していないようではあったが、レイドが折れてくれたところで、昼食はお開きになり再び森の中を歩くことになった。セレナが先行して魔物を一手に引き受けることに変わりはないが、セレナと他二人との間の距離は先程に比べると随分狭くなっている。
 理由を話すとは言ったが、本当に気乗りのしない話なので、どう切り出したものかは悩まれるところだった。極力自分のことを話すのは避けてきたとはいえ、今回のことは実の親に捨てられたこと以上に話すのは躊躇われる案件だった。
 魔物を倒しながら歩き始め、どう話すか悩んだ時間は三分ぐらいだっただろうか。その間、何も言わずに待っていてくれた二人に感謝しつつ、半ばやけくそな気持ちになって当たり障りのなさそうなところから話すことにした。

「まずは基本的なことの確認からするけど。フェーネ、魔力を測る三つの基準は?」

「え?えーっと、強さと量と質だよね。強さは大気中のマナを集める力の強さのことで、量は魔力そのものの量で体力みたいなものだっけ。質は強さや量以外の性質のことで、基本的には属性とかのこと?」

「正解。学校で散々やっただけあって、よく覚えてるね」

「散々やらせたのはセレナでしょー?しつこくやられなくても、魔法学はまじめにやってたから覚えてるのに」

 魔力は強さ、量、質によって決まる。それらは生まれた頃からの才能であって、いくら訓練しようとどうすることも出来ない。保有する魔力の強さが強く、量が多いほど強力な魔法が使えるが、その分デメリットも背負うことになる。一長一短あるのが、魔力の強さや量の特徴だ。
 余談となるが、召喚師連盟では強さと量を総合し、魔力ランクとして簡易的に表している。ランクはセレナ、フェーネ、レイドの順で、白、黄、緑になっている。フェーネとレイドを比べると、強さでフェーネが勝り、量でレイドが勝るといったところだろうか。
 魔力というと強さや量が注目されることが多い。質である火や水といった属性は使う魔法を見れば一目瞭然である上に、そこに相性こそあっても優劣はないからだ。しかし、通常見向きされるはずもなく、知られていない質の問題がある。それこそ、セレナにとっては最重要となる問題だった。

「で、私が持つ魔力の質には致命的な欠陥がある」

「欠陥?」

「欠陥としかいいようがないと思うよ。ちょっと聞いてて」

 耳を澄ませて、目を閉じる。

 ―――貴族様がなんだ。無理矢理法外な税を取りやがって。

 ―――お母さん、なんでお父さん帰ってこないの?

 聞こえる。魔物が声を発しているわけではないが、その先に魔物がいることは分かっている。距離はまだ遠いが、こちらに向かってきていることが分かった。
 いつも通りに魔法を発動させる。具現化した炎の弓に、普段よりも自分の魔力を多くして矢をつがえて放つと、大きめの炎の矢が魔物めがけて飛んでいく。

「これは、ガーゴイルの時の?」

 強烈な耳鳴りのような高い音を、二人とも覚えていたようだ。分かりやすいようにと思ってやったのが仇となったか、音と共に湧き上がる頭痛と吐き気を無言でやり過ごした。

「そ、これは私の魔力と魔物が発する魔力の共鳴音。私の魔力は魔物が持つ魔力のパターンと相性が限りなく悪くて、本来なら魔力同士がぶつかって同調する部分が簡単に出来ないらしい。だから、私が自分の魔力を多めに配分して魔法を使うとこういう共鳴現象が起こりやすくなるみたいだね。その関係で、魔物が多い場所や強い魔物がいる場所に行くと、頭痛がしたり吐き気がしたりとやたらと気分が悪くなるわけ」

 解決方法はただ一つ。そういった場所から離れることだ。魔力の質も生まれ持ってしまったものだから、変えようがない。

「そんな魔力、聞いたことないぞ」

「だろうね。私も今まで調べてみたけど、他の事例は知らない。けど、私は昔からそうなってるし、魔力は死なない限り変えようがないからね」

「今までずっと我慢してたってこと?」

「とはいっても、魔物を倒せば多少なりとも軽減できるからね。ここまで気分悪くなるのは稀だから、気にしなくていいよ。おかげで魔物の場所は誰よりも早く分かるから便利な時もある」

 必要以上に魔物を倒している理由を察して、二人は黙り込んだ。
 魔物の場所が分かるのは魔力の質のせいもあるが、それだけではないことはまだ黙っておくことにした。

「相性が悪いって、気分が悪くなるだけなの?」

「ん、何もなければそれだけだね。あとは魔物から受けた傷は他の人よりも治りが悪かったり」

 個人的に一番嫌なのは魔物の血に触れることだ。人間や動物問わず、魔物も血には魔力が多分に含まれている。そのため、魔物の血に触れることは直接魔物の魔力に触れることになるので、今のような気分の悪さとは比にならない。このときばかりは風属性や地属性のような対象を直接傷つけるような属性ではなく、燃やし尽くしてしまう火属性に親和性の高い魔力で良かったと思う。

「なら、尚更魔物の巣窟になってる沼では、僕が対処した方が良いんじゃないか?」

 話に夢中になって木の根に転びかけたフェーネを支えながら、レイドは心配そうに訊いてくる。
 その方が負担は少ないかもしれない。しかし、ここが月の森である以上、レイドの言うことをきくわけにはいかなかった。

「ごめん。そこまでは我が儘を通させて欲しいんだ。流石にレイド一人に任せるのは心配だし。二人ならともかく、フェーネが一人になって万一のことがあったら嫌だし。沼を越えたらレイドの好きにしてもらって良いから」

 ぽつ、と雨が降り始める。雨粒は小さいが、一粒降り出したら連鎖するように小雨になった。

「急ごうか」

 沼まではあと少しだった。


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