Legend Story -the heir of the
world-
短編 恒例行事
(SE2151)
部屋の外から、ぱたぱたと慌ただしい足音が聞こえる。聖四王族の一つであるジャスティス一族は新年を迎えた時空の月1日を、こうして毎年迎えていた。
イクセリオンでは、新年というものはそれほど大きな行事ではなく、家族とのんびり過ごすのが普通だ。イクセリオン各地では新年を祝うよりも、先だって行われる救済祭やそれに付随する宴の方が余程大規模な祭りである。世界救済の神子を崇めるセレネーデ教を国教とするアレクサンドリア王国で、救済祭より新年会が盛り上がっているのは、探してもジャスティス一族の本家ぐらいだろう。
本家をイクセリオン大陸北東部のアラフ地方に道場として構えるジャスティス一族は、普段は各地に散らばっている。ジャスティス一族はジャスティス機関に属し、イクセリオンの主要な街から小さな田舎の村まで、あらゆるものから人々を守り治安を維持することを使命とする。よって、一族が集まるのは年一回の新年会くらいしかない。ジャスティス一族全員が街を空ける訳にはいかないので、必要最小限の人数を担当場所に残し、レイスタンスで言う三箇日の間、本家で宴を執り行うのだ。
「レイド様、少し手を上げてください」
言われるがままに、レイドは少しだけ手を上げた。先程からレイスタンス風の着物の着付けに勤しむ従妹のカシスを見ながら、苦笑する。
そもそも新年をここまで盛大に祝うのは、ジャスティス一族がイクセリオンでは異様なほどレイスタンス文化を取り入れているせいだ。だから正装はレイスタンスの着物に近いものを纏うことになっている。正直に言えば、ジャスティス一族はあくまでもレイスタンス風の着物を着ているだけで、実際のレイスタンスの着物とは違う。これはレイドも真面目に学校に行くようになってから知った。
ジャスティス一族の着物は本来のものからはかなり簡略化されているので、着付けを手伝ってもらうほどのものではない。着物を持ってきたカシスにそれを説明して、部屋から追い出そうとしたところ、笑顔で却下された。脱走防止、らしい。
「帯、きつくないですか?」
「ああ、大丈夫だ。どうせ宴のものなんて、ろくに食べられたものじゃないから、きつめで構わない」
「そんなこと言って。おいしいものがたくさん出るから、食べないと損ですよ。じゃ、後は羽織ですね」
レイドはカシスの声を聞きながら、これから始まるであろう憂鬱な時間を思って溜息をついた。宴の準備で走り回る足音が聞こえる度に、憂鬱な気分は募っていく。
カシス羽織を着せやすいように腕を伸ばすと、カシスは笑いながら羽織を通す。一体、何がそんなに楽しいのか、レイドには理解できない。
毎年通りの、黒の着物に白の羽織だ。しかし、その見飽きた姿に、カシスは何故か満足げだった。
「おーい、終わったか?」
部屋の外から声が聞こえたかと思うと、無遠慮にドアが開く。そこから顔を覗かせたのは、レイドと同じく着物を着た鮮やかな金髪と水色の瞳の男だった。
「開ける前に入室許可くらいとったらどうなんですか?」
「入っていいか?」
「遅いです」
「別にいいだろー?レディの部屋じゃあるまいし」
「だめです」
「へいへい」
確実に了承していない様子の男は従兄のレニオスだ。カシスはレイドより二つ下だが、レニオスはレイドより五つ上。七歳差の兄妹だが、説教役はいつもカシスである。カシス曰く、兄の威厳などあったものではないらしい。
「で、準備はできたのか?」
「ああ。あとは・・・・・・」
レイドは傍に立てかけておいた剣と三連珠に手を伸ばした。
水色の三つの珠が連なった飾りを帯の傍らに結びつける。ジャスティス一族では三連珠と呼ばれている宝の一つだ。この三連珠を継承する人間は、三つの珠にそれぞれ誓いを立てることが習わしだ。これを頭首からもらったのは確か、三年ぐらい前のことだっただろうか。
「んじゃ、そろそろ行きますか。皆さんお待ちかねのようで?」
「お待ちかね?冗談だろ」
人の悪そうな笑みを浮かべるレニオスに肩をすくめる。レイスタンスの刀のように剣を腰に下げる訳にもいかず、剣を手に握ったまま、レイドは気の進まない新年会へと足を向けた。
* * *
宴の会場には既に多くの人が集まっていた。準備も滞りなく終わり、あとは始まりの声を待つのみという様子だ。
会場は比較的狭い道場の一部屋で、膳と座布団が向かい合うように並べられ、入り口から入ると中央に道ができるようになっている。最奥の幾つかだけが入り口に面しており、そこが本家が座る位置だ。本家の位置から入り口に近づくにつれ、本家から血筋的に遠くなっていく。
鮮やかな金髪と水色の瞳を持つことで有名なジャスティス一族だが、分家になればなるほどその特徴は薄れて、一般のイリステンドと相違なく茶髪鳶眼になる。新年会のこのような席順に座ると、入り口に向かって見事に金から茶に移り変わっていくのだ。
一年に一度しか、このように一族が集まる機会はないため、会場は宴が始まる前から賑わっていた。幼い頃は誰もがこの道場で剣を習うので、一年に一度しか会えない同年代の友を持つ者は多い。感覚としては、友というよりは遠地に住む血の繋がらない兄弟というのが正しいが。
しかし、その和やかな雰囲気もレイドが会場に足を踏み入れると一変した。談笑の声は一瞬にして止み、皆がレイドに視線を向ける。決して好ましい意味の視線ではない。その証拠に、レイドを追って会場に入ったカシスはあまりの威圧感で足を竦ませた。
「呑まれんなよ」
レニオスはカシスに低めの声で耳打ちすると、笑いながら軽くカシスの背中を叩いた。身動きが取れず硬直していたカシスはその衝撃で、はっと我に返って兄を見上げる。
見上げた先の兄は笑っていた。このような空気で笑えるのは、尊敬に値するとカシスは思う。いつもはいいかげんな性格のレニオスでも、こういった図太さや器の大きさから見れば、確かに一族で一番期待されている人間だということが分かる。ただ単に鈍感で頭が悪いだけかもしれないが。
「ほら。行くぞ」
「・・・・・・はい」
カシスの目の前にいたはずのレイドはいつのまにか前に進んでいた。凍り付いた空気の中で注目を浴びている当人は表情一つ崩すこともなく、最奥に向かって歩いている。会場に満ちた空気だけで足が竦んでしまった自分が恥ずかしくなり、意を決してカシスは歩を進めた。
「レイド・ジャスティス、ただいま参上致しました」
最奥に到着したレイドはすっと膝を折って一礼をする。最奥の中央席には、現在道場を守っている師範代が座っていた。三十代半ばと、ジャスティス一族の重鎮の中ではそこそこの年齢ではあるが、黒の着物を着こなす姿には微塵の隙もない。
レイドを先頭にレニオスとカシスも頭を下げながら、上目遣いで師範代の顔色を窺ってみれば、あまり機嫌が良いとは言い難いことは一目で分かった。
「遅かったな」
「師範代へ新年のお慶び申し上げる。本年も『ジャスティス』のより一層の繁栄をここに祈願致しまして、ご挨拶とさせていただきます」
弁明もせずに淡々と述べるレイドに、師範代はより顔を険しくする。両者に交わされる剣呑な視線にカシスは慌てて謝罪を述べようとするが、それを察したレイドが、カシスの前へ手を伸ばして制した。
「・・・・・・遅れた方が、都合がよろしいでしょう?あなたにとっても、他の皆にとっても」
驚いたカシスがレイドの顔を窺うと、レイドは師範代を睨みつけたまま自嘲的な笑みを浮かべていた。
レイドの言葉を聞いていた周囲の人々はざわざわと小声で何かを言っているようだったが、レイドと師範代の間には長い沈黙が流れる。両者の睨み合いが続き、長い沈黙に負けたのは師範代の方だった。
「もういい。席につきなさい」
レイドは何も言わずに、指定された席へと向かった。カシスは思わずほっと息をつきそうになったが、レニオスは頭を抱えるばかりだ。
それからしばらくして、全体での挨拶が終わると、いよいよ宴が始まった。初日の今日は特に何かがあるわけではなく、ただ飲んで食べての宴になる。レイドにとっては退屈な時間が延々と続く一日だ。
二日目には剣合わせがあり、希望者同士で試合をする。主に一族の中でも若い人間が試合をし、年配者はほとんど観戦だ。見せ物的な意味合いが強い。
三日目になると一日目同様の宴になるが、内容はジャスティス機関としての会議だ。これもまた、レイドにとっては憂鬱な時間になる。
三日間の中では二日目が一番ましではあるが、それでも気が抜けない日々が続く。そう思うとこんなところにいるよりは、さっさと学校に帰りたいとレイドは思うのだ。ただでさえ夏休みとは違って短い休みだ。セレナなどは学校に残ると言っていたから、学校にいれば彼女と年を越せた。こんな一族の新年会よりは数万倍もいいだろう。たとえ、豪勢な食事がなくてもだ。
レイドは溜息を押し殺しながら、会場内の様子を窺った。ほとんどが世間話や思い出話だが、中には物騒な話題も偶に紛れている。聞きたくもないような内容ではあるが、嫌でも耳に届いてしまう。恐らく、話している本人達はレイドに聞こえているとは思ってもいないのだろう。
「あんまり怖い顔すんなよ」
明らかに自分に向かって話しかける声に、レイドはふと俯いていた顔を上げた。勿論、声の主には一人しか心当たりがない。ほんの三つかしか離れていない席に座る、従兄のレニオスだ。
レニオスは飄々と膳の上に乗った料理を口へと運んでいた。
本家に関わるごく一部にしか知られていないが、ジャスティス一族は風の精霊と関わりが深い。ジャスティス一族の一代目頭首が結んだ盟約により、本家は代々風の精霊と交流がある。この盟約の恩恵で、本家に近い人間には本来見えないような弱小な風の精霊とも会話ができたりする。微弱な音声を聞き取れたりするのも、風の精霊さまさまである。ジャスティスの血の濃さだけで盟約の力が左右されるわけではないが、レイドやレニオスにはこの盟約の力が備わっている。一方、レニオスの実妹であるカシスなどはほとんど盟約の力はない。
今日のように聞きたくないようなことも聞こえてしまうのは事実だが、レニオスなどは昔から悪巧みをする時に頻繁に利用している。何もこんなことのために遙か昔の先祖が盟約を結んだわけではないだろうに。
「サレオスさんが困ってんだろ。あんまいじめんなよ、反抗期」
「誰が誰をいじめてるって?」
喋る時だけは互いに口元を少しだけ隠したり、俯いたりする。レニオスの隣にはカシスが座っているので、レニオスはカシスに悪巧みがばれないように細心の注意を払う必要がある。幸いレイドの盟約の力が強いおかげで、これほど近い距離ならレニオスはほとんど声を発しなくてもレイドに声は届く。むしろ注意しなければならないのはレイドの方で、すぐ傍に座っている師範代のサレオスにばれないようにするのは骨が折れるのだ。サレオスは当然、盟約の力を持っている。
「あれだけ睨んでおいて、よく言うぜ。新年早々に喧嘩売るなよな。他の奴らびびってたじゃねぇか」
「図星ってことだろ。さっきから嫌でも聞こえてくるんだ。先に手を打ったんだよ」
「それはそうだけどよ」
先程からぽつぽつと聞こえる物騒な話は、大抵がレイドに対する悪口だ。レイドはジャスティス一族に生まれながらも、ずっと忌み嫌われてきた。そこで起きた、『あの事件』によってレイドの評判は更に悪くなり、召喚術師学校へ入学したことでますます悪化した。イクセリオンの守護を司る、剣の名門であるジャスティス一族の一員が召喚術師学校に入ることは余程許せないものだったらしい。レイドもまさか自分が召喚術師学校に入学するとは思ってもいなかったが。
様々な要因のおかげで嫌われ者になったせいで、一部ではレイドの暗殺計画なんていうものまで話題に上るほどだ。根も葉もない噂などではなく、実際に聞こえるのだから確実だ。もっとも、誰も今まで実行に移しているものはいない。
「僕がいなければ、みんなそろって暗殺計画をたてられる。都合が良いじゃないか」
「サレオスさんがそれを許すと思うか?」
「僕を一番に殺したがってたんじゃないのか?」
「なわけねぇだろ。仮にもお前の親父だぞ」
「レニオスの父親とはわけが違うんだよ」
レイドは隣に座る父親であり師範代のサレオスを横目で確認する。気がついたサレオスは困ったような笑みを浮かべたが、レイドの方から早々に視線を外した。
「まともに話すようになったのはつい最近。そんな父親を父親だと思えないのは、僕の感覚がおかしいからか?」
「サレオスさんはお前とどう向き合ったらいいか、戸惑ってるだけだ」
どうだか、とレイドはレニオスの言葉を聞き流した。直ぐ傍にいるはずのサレオスとの会話は入室してからの挨拶だけで、それ以上は一切声を交わしていない。これで親子だとは到底思えない。
これも召喚術師学校で色んな人と触れあったからそう感じるかもしれない、とレイドは思う。それまでは親子なんて、こんなものだと思っていた。
宴が始まってから、どれくらいの時間が経っただろう。ほとんど手を付けていない料理はかなり冷めてきていた。元から食欲が湧かないのも相まって、余計に箸をつける気にもならない。
「あいつの言ってた通り、新年会なんて良いことは一つもないな」
レイドは一人呟くと、お手洗いというありがちな理由をこじつけて席を立った。向かう先は無論、手洗いなどではない。レイドにとって本当の恒例行事に行くだけだ。
レイドは足早に会場を後にした。
* * *
外は快晴の空の下、冷たい風が流れていた。それでもそこまで寒くないのは、召喚術師学校のある大陸南部よりも北部が暖かいからだろう。
イクセリオン大陸は北部にいくほど暖かい。この地で育ったレイドは暑い方に慣れているので、寒いのは苦手だった。冬が元々苦手ではあるが、大陸の南端にある学校の冬を経験したせいか、本家の冬はそこまで苦痛には感じない。
レイドは左手で剣を握りしめながら、道場の外れにある丘に登った。登った先には一本の木と、墓標がある。
墓標のもとで膝をつき、剣を傍らに置く。そのまま両手を合わせて、目を閉じた。供える花を持っていないのが、少し残念だ。
「まったく、二人で似たような反抗期しやがって。新年会を抜け出す癖も一緒なのな」
どれくらい手を合わせていたかは分からないが、傍でレニオスの声がしたので顔を上げた。溜息をつくレニオスは、レイドに見上げられて思い出したように手を合わせる。
ここに眠っているのは、クリア・ジャスティス。『あの事件』で、自分のせいで亡くなった人間だ。そして、レイドを理解してくれる唯一無二の存在だった。
「そういえば、四年前だったな。新年会のことでクリアがひどく駄々をこねたのは」
「ん?
あ〜、あん時はホント大変だったよなぁ。サレオスさんを睨んでるところなんか、今のお前とそっくりで」
「そうかな?
あの時は、僕もあいつを宥めるのが大変だったんだ」
レイドとは反対に、生まれながらに皆から期待され信頼も人気もあったクリアはレイドのことをいつも気にかけていた。当時のレイドは新年会には出ることが出来ない身だったのだが、クリアはそれが大層不満だったらしい。四年前はレイドが出ないなら自分も出ないと言い張って聞かなかった。結局、レイドは出られずクリアは不満たらたらで新年会に出席していたのだが。新年会なんて良いことはないから、レイドと遊んでいたいと言ったのはクリアである。
「クリアが死んで三年、今年で四年目か。もうそんなになるか」
「・・・・・・そういえば、レニオスは抜け出してきて良かったのか?
僕はいない方が好都合だろうけど、レニオスは違うだろ。まして、今年は成人じゃないか」
「そうなんだけどよ。いいんだよ、それ以前に俺はお前のお目付役だし?」
「正直に、新年会が面倒臭いって言えばいいだろ」
「まっ、食えるもん食ったら退屈なだけだかんな」
こんな人が成人でいいのだろうか、とレイドは呆れる。特に、レニオスはレニオスの親がアラフ支部長なだけあって、その地位を受け継ぐことになる。成人となったレニオスは、新年会三日目の会議で支部長補佐になり、五年以内に支部長になるのが通例だ。
各地にジャスティス機関は支部を持つが、アラフ支部はジャスティス機関の中枢である。本部は、ここジャスティス道場としているが、実質はアラフと言って良い。その長をこの従兄が担って良いものか、不安は尽きない。
「心配しなくても、俺はお前の味方だっての。真っ向勝負も出来ねえ分家どもが、俺に対して何を期待してんのか知らねぇけどな」
「それでも、少しは気にしてもらいたいものですね。末席の俺とは違って、貴方たちが二人でいなくなるとちょっとした騒ぎになります」
会話に割り込んできたのは、恐らくレニオスを追ってきたディアだった。彼はカルセオクス家ではあるものの、毎年新年会には末席で呼ばれている。ジャスティス一族から破門された身で新年会に出席することに不満を持つ者は一族内にも多いが、いつもジャスティス頭首が許可して出席させているのだ。
ディアの登場に、レニオスは隠すこともなく顔をしかめた。昔からレニオスはディアのことが気にくわないらしく、あからさまにディアを拒否するのだ。こういう態度はレニオスだけではない。一族のほとんどがこうだから、ディアのジャスティス一族嫌いが生まれたのではないかとレイドは思う。
「大人げないことは止めてくださいよ。しかも、クリア様の墓前で」
「カルセオクスの癖にご忠告どーも。そのクリア様の葬式でレイドに殴りかかったのはどこの誰だったか」
「貴方のそういうところが大嫌いですね」
「それは光栄だ。俺もお前のそういう生意気なところが大嫌いなんだよ。で、ここには何の用だ?
またレイドへの復讐かよ?」
自然とレイドを庇う仕草をとるレニオスに対し、ディアは呆れ顔だった。レイドも思わず苦笑いすることしかできない。
「そうやってレイドに逃げ道を作るようなことをするから、いつまで経ってもレイドの逃げ癖が治らないんですよ。用は亡き友人への墓参りです。ちなみに、貴方と同じく俺もレイドに『証』は渡しましたから。安心してください」
「何?」
レニオスが驚いたようにレイドに振り返るので、レイドは無言で頷いた。そういえば言っていなかったなと、レイドは心中で呟く。
ジャスティス一族では様々なしきたりがあるが、その内の一つに『忠誠の証』というものがある。元からジャスティス本家に一族は従うのが当然の規則であるが、それとは別で、特別に忠誠を誓うものに対して渡すのが忠誠の証である。ジャスティスの血族が十歳になれば渡される、自分の名前を刻んだアクアマリンの原石がそれだ。
レイドが現在持っているのは二つ。レニオスとディアの分だ。レニオスはクリアが亡くなった直後にレイドに渡され、ディアに渡されたのが数週間前のことだ。もう少しでカシスが十歳になるので、その時には渡すのだと彼女自身から宣言されている。
「一応、納得することにしたんですよ。俺もこれ以上引き摺っていても仕方ありませんからね。『あの事件』の真相は追い求め続けます。しかし、区切りはつけることにしたんですよ」
「そうか。真相、ね」
レニオスはとりあえずはほっとして、胸を撫で下ろしたようだった。
『あの事件』以来、一族に安心して身をおけるような立場ではなくなってしまったレイドを、一番心配してくれているのがレニオスだ。レニオスはレイドにとっては兄に等しい存在である。当然、レニオスにとってもレイドは弟のつもりで接している。だからこそ、少しでもレイドを眼の敵にする人間が減ることを純粋に喜んでくれるのだろう。
「それで。宴の席にいた貴方の幼馴染みが酷く殺気を飛ばしておられたので、貴方だけでも早くお戻り頂きたいのですが?」
「あー、幼馴染みとか言うな。あれは腐れ縁だっての。さっさと縁でも何でも切っちまいてーよ」
「とにかく行って下さい。ただでさえ今年は成人なんですから」
「へーへー。お前の言うことを聞くのは凄く癪だがな。すまん、レイド。先戻ってあの馬鹿を黙らせとく」
「出来れば穏便に頼むよ」
「りょーかい」
レニオスはひらひらと手を振りながら、丘を降りていった。いつもならレイドを置いて行くなんてことはしないのだろうが、ディアが証をレイドに渡したことで、少しはディアを信頼する気になったらしい。本当に信頼するのは随分先になりそうだが。
忠誠の証はジャスティス一族以外から見れば、ただの石ころにしか見えない。しかし一族であれば、それがどれほど重いものかを理解している。証の掟を破ることは、一族の掟を破ることだ。一族から追放は当然で、場合によっては一族自ら掟破りを抹殺することもある。
「さてと、レイドもほどほどにして戻って下さい。少しは立場もわきまえないと、無駄に敵を作りますよ。ま、貴方を殺すとしたら俺ですけどね」
「これで証を渡したって聞いたら、レニオスが怒りそうだけどな」
「忠誠の形は、人それぞれでしょう。俺はこうすると決めただけです」
忠誠の証を渡したからといって、ディアはレイドに服従するわけではない。ディアはいつもレイドを試し続け、自分が従うに値しないと思えば証を取り返して、レイドを殺す気満々である。
それでも、レイドが証を持っている間は協力してくれるのだから大きな進歩だ。今までは隙さえあれば問答無用で刺し殺しに来るくらいだったのだから。認めてもらえたことに悪い気はしない。何より、ディアはクリアが気にかけていた人間でもあったから、その彼が自分に味方してくれることは嬉しいことだ。
その僅かばかりの好意に甘えるわけではないけれど、とレイドは口に出さずに言い訳しながら口を開く。
「悪いけど、もう少しここにいたい。一人にしてくれないか?」
「貴方は自分の立場を」
「頼む」
レイドが一歩も譲らずに言うので、ディアはほどほどにした方が良いとだけ言い残して、墓参りを出直してくれることになった。元より、ディアにレイドを連れ戻す意志はなかったらしい。レニオスは一族から期待されていることもあって、体裁上戻らせようと思っていたようだが。レニオスはあのような性格だが、自分とは違って人望もある上に、剣の腕も優れている。
丘からディアの後ろ姿が遠のいていくのを確認し、改めてレイドは墓前に膝をつく。
「ごめんな。お前は賑やかな方が好きかもしれないけど、僕らには僕らだけの時間が必要だろ?」
答えが返ってくるわけもないのに、レイドはひたすら墓石に向かって語り続けた。新年会のこと、学校のこと、そしてまだクリア自身が生きていた昔のことも含めて。そうやって話しかけていると、レイドはクリアから返事がくるような気がしていた。
「昔は、あんなにレニオスとクリアと僕で勉強を抜け出すだなんて日常茶飯事だったのにな。今は学校に戻りたくて仕方ないんだ。一族なんて重荷にしかならないからな」
「(学校かー。俺、勉強は苦手だからな)」
「僕だってそうだよ。でも、ちゃんとやればクリアも勉強出来るようになると思うけどな。僕でも出来たんだからさ。・・・・・・学校に行くと、僕らが憧れていた普通、っていうのが少しだけ分かる気がするんだ」
「(そっか。ここだと、毎日剣振るってばっかだったからな。うまいものとかも食べれるし、遊べるんだろ?)」
「確かに学校の料理は僕らの口に合ってるかも。でも、剣振ってるのは変わりないよ。間に勉強や試験が入るだけだ」
「(なんだそれ!)」
聞こえるはずのない声が聞こえる。笑い声も聞こえるし、どんな表情なのかも分かる。クリアが本当は死んでいないのではないかという錯覚まで起こしそうになる。
だから、毎回墓参りへ来る時に最後に訊く言葉は決まっている。笑い声が止むまで自分も笑って、そして一呼吸置いてから。必ず少しだけ涙声になって、声が震えるのが嫌なので小さい声で。
「なあ、クリア。お前は本当に、死んだのかな・・・・・・?」
ただ虚しく悲風が着物を揺らす。
これだけは、レイドにもクリアが何と答えるのかが分からなかった。だから、どんな顔をするのかも脳裏に浮かばない。何の答えも返ってこない。こうすることで、やっとクリアがいないことをレイドは実感するのだった。


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