Legend Story -the heir of the world- 

短編 恒例行事(SE2151) 〜おまけ〜


   *   *   *


「ったく、めんどくせーな」

  レニオスは悪態をつきながら、履いていた草履を脱ぎ捨てた。今からやらなければならないことを思うと、悪態で済ませるのは安すぎるぐらいだと思うけれども、それ以外に方法がない。だから草履に八つ当たりもしたくなる。
 そのままでも誰かがしまってくれるので、このままでもいいかと思って立ち去ろうとするが、振り返ると何となく気になったので下駄箱に並べる。我ながら几帳面だと褒め称えたい。それを当たり前のことだとツッコミをいれるあの腐れ縁のような人間は、今はいない。

「区切りをつけた、ね」

 先程のディアの言葉を反芻する。あの歳でよくそこまで割り切れたと思う。レイドもそうだが、ディアも召喚術師学校に入学してからというもの、色々と変化があったらしい。
 今までディアのことを気にくわないと思い続けていた。それはディアがカルセオクスだからとかいう、一族が言っていることも関係がないわけではないが、それ以上にレニオスは根本からディアが好きではない。嘘くさい笑い方も嫌いだったし、あの敬意が欠片も感じない敬語口調も気にくわなかった。『あの事件』以来、ディアへの嫌悪感は増していくばかりだった。
 クリアの葬式でレイドに向かって殴りかかってきた時、レニオスはレイドの直ぐ傍にいた。なんでもかんでも本家への縁の近さで席順が決まるので、従兄の自分がレイドの直ぐ傍にいたのは当然のことだ。一方、カルセオクス家は一番遠くにいた。たとえ、ディアがクリアの友人であったとしても、それは変えられない。しかしディアはそれを無視して、その上クリアを殺した犯人をレイドだと断定して殴りかかってきた。一番ショックを受けて放心状態だったレイドに向かって。殴りかかる相手の顔も確認してないのかと、クソ生意気なガキ相手に殺意まで覚えたほどだった。
 そのディアが、『あの事件』に対して区切りをつけた。元より『あの事件』にディアはほとんど関係してないので、そろそろケリをつけてもおかしくはないが、正直見直したというのが本音だ。レイドに敵意を抱いている者はとっくにそういう方向でケリをつけているが、ディアはそれとは違う区切りをつけたらしい。レイドや自分は区切りをつけきれているとは言い難いので、先を越されたなと少し悔しいと思わないわけではない。

「さて、と」

 草履にかけていた手を左手に持つ剣の柄に移動させる。そのまま引き抜き、周りに気をつけて二回振った。
 空気がピリピリと緊張を伝えてくる。風の精霊が怖がっていることが分かるので、直ぐ傍に奴がいることは確かだった。
 玄関から向かって左手の壁に左肩を押しつけながら前進し、壁が途絶える所で足を止める。そのまま静かに背中を壁につけて、剣を下ろしたまましっかりと握り直す。息を静かに吐いて整え、短く吸うと、左に曲がった壁を狙って剣を振りかぶった。
 五月蠅い金属音が空間に満ちる。振りかぶった先には見知った、腐れ縁の姿があった。
 宴会場はここから少し離れているので、聞こえていないことを祈る。聞こえていたら大人たちがやかましく説教するので面倒だが、目の前にいる奴のせいにしよう。

「よお。ご機嫌麗しそうで何よりだな?」

「そのように見えたなら、貴様の眼は節穴ほどの価値も持たないということらしいな」

 レニオスの剣を軽々と弾いた男は、不機嫌としか表現の仕方もない顔をしていた。

「新年早々、いい加減に成人らしく大人しくできんのか。サレオス様も気が気でない」

「そういう手前だってここにいるじゃねぇかよ」

「俺は阿呆どもの説教に駆り出されただけだ。同じにするな」

 まるで汚らわしいものを見るような眼だが、こいつは俺の方が席次が上だということを分かっているのだろうか。
 フォード・ジャスティスはレニオスと同い年だけあって、幼少期からここで一緒に剣を学んでいた。その頃から堅物のフォードと正反対であるレニオスは馬が合わない。フォードもレニオスも互いにケチをつけては喧嘩になるのが常だ。馬鹿馬鹿しいが、今でもそれは変わらない。フォードとは根本的に相容れない存在だと、レニオスはとうの昔に割り切った。
 それでも縁が切れないのが腐れ縁たる所以なのだろう。血筋と、何より実力主義のジャスティス一族では、フォードのように血筋もそれなりで生真面目に鍛錬を積んで実力をつけた者には優しい。ここで剣を学んでいた頃は、レニオスに次いで強かったのがフォードだった。次いで、という部分は譲れない。

「へーへー、だったら手前も用済みだな。さっさと退屈な時間の浪費活動に戻るとしますかねー」

「待て。貴様、末席の小僧はともかく、レイドはどうした?」

「放っておけよ」

「あの問題児を連れ戻すために貴様は行ったのではなかったか?」

「連れ戻すとは言ってねえ。様子を見に行くって言ったんだ。今日くらい、そっとしといてやれよ。どうせ明日は忙しいんだ」

 明日は初剣合わせという名の、一対一での剣勝負がある。レイドやレニオス、もちろんフォードなども駆り出されるだろう。嫌と言っても、若くて実力があると評判があれば拒否権はない。はた迷惑なことに散々見せ物にされることは分かっている。考えただけで、頭が痛い。面倒臭い。
 レイドはともかくとして、他の奴らの剣に興味はなかった。だいたい何度も手合わせをしたことがあるのがほとんどだ。まあ、この腐れ縁が当たった時には特別にボコボコにする気だが。
 フォードは何の前触れもなく、急にレニオスに向かって剣を振った。反射的に受け止めたレニオスは驚きこそしなかったものの、何が気にくわなかったのかは理解不能だ。

「おい、何勝手にキレてんだよ」

「貴様はいつまでアレを甘やかしておくつもりだ? 『あの事件』に加え、学校、セレナ・ヘルウェンディまで。貴様が手を回していることは分かっている」

「余計なお世話、ご苦労なこって。だが、てめーに口出しされる義理はねえ」

「いくらなんでも越権だと言っている。一族皆の意志をどこまで無視すれば気が済む?」

「生憎、レイドもクリアも生まれた時から俺の管轄だ。越権でもなんでもねえよ!」

 踏ん張って力を入れ、剣を弾いてフォードの体を足で突き飛ばす。鳩尾にしっかり入ったところからして、自分は天才だと思う。
 倒れたフォードは直ぐに立て直したものの、しばらく咳き込んだ。

「外道め」

「それは俺に勝ってから言えよ。実戦じゃ、勝ちが正義なんだよ。古いジャスティス流になんか、こだわってられっか」

「レイド、だな。流石、問題児の言うことは違う」

 フォードは呆れたように剣をしまった。どうやらやる気は失せてくれたらしい。これ以上やればレニオスも容赦できなくなる。玄関が消滅の危機だ。
 古いジャスティス流にこだわる典型がこのフォードという奴で、およそレイドや俺のやり方は気に入らないのだろう。フォードの言うように、自分のこれはレイドを真似たものだ。レイドは元々、がっちりとジャスティス流を教え込まれていないせいで、他とは違うジャスティス流を使う。それは召喚術師学校に入ってからというもの、更に進化している。ジャスティス流でありながら、段々格式張ってきた現在のジャスティス流ではない。良い意味でレイドの剣は良くなっているのだ。それも、近頃頻繁にレイドの口から出る彼女のせいだろう。
 ジャスティス一族は勝ちが正義の実力主義だ。それを嫌というほど教え込まれている。レイドの方法で勝ちが獲れるならば、それは正しい。たとえそれが伝統に背いていたとしても。

「あのな。さっきからレイドのこと、問題児とか言うな。レイドは勝手にあーなったんじゃねえよ。俺達があんな風にしたんだろうが。レイドには・・・・・・嫌な思いばかりさせたからな。それを何にも言わずに受け容れるレイドに疑問もなかった俺達の責任だ」

「貴様はクリアが死んでから、そればかりだな」

「これは俺にとっての、せめてもの贖罪だ」

 クリアとレイドは必ず比べられる。クリアに対して、レイドの扱いはあまりにも不遇だった。レニオスもまた、それを当然、もしくは仕方がないと思っていたのが間違いだったのだ。それに対するクリアの不満の叫びも無視していた。そのしわ寄せが『あの事件』に繋がる。
 そこに気がついているのは、恐らく自分だけなのだ。

「所詮欺瞞だな」

「何も知らねえ手前に何が分かる!」

「貴様の気持ちなど、知りたくもない。考えるだけで怖気が立つ。ただ、俺にとって『あの事件』にそれほどの意味は持たない。クリアが死んだ、それだけのことだ。いいから、さっさとレイドを連れてこい。これ以上、貴様と話したくなどない。時間の無駄だ」

「あーそうかよ」

 宴会場に戻っていくフォードの後ろ姿を眺めながら、レニオスは悪態をついた。剣では勝っていても、なんだか負けてるような気分で苛立つ。
 フォードもまた、ディアと同様に『あの事件』の当事者ではない。いや、ディアとは違ってクリアやレイドとの関わりが薄い方だった。だから『あの事件』の意味を理解していない。

「俺だって、いつまでもこのままでいようなんて思ってねえよ」

 『あの事件』の原因は自分にある。その責任からは逃れようとは思っていない。
 レニオスは剣をしまいながら、溜息をついた。

「ったく、勝ち逃げだよなーお前は。残った俺達がどんなに苦しんでるかも知らねえで」

 そうして、レニオスは笑いながら宴会場へと戻った。もちろん、腐れ縁の言ったことなど聞く気は初めからなかったので、レイドが戻ってきたのは随分後だ。それでフォードから文句をつけられて、また喧嘩をしたのは言うまでもない。


  Back Home