Legend Story -the heir of the world-
第壱章 平和な世界イクセリオン -Peace is not happiness-
Section1 アレクサンドリア王国立召喚術師学校卒業試験
* * *
イクセリオンという世界は、かつては無力だと蔑まれていたイリステンドという人間が住む世界である。
世界が一つだった頃、世界の様々な種族が各々の魔法を使って争った。魔法とは“魔力を使用することで発動する物理法則を無視した超常現象”である。その当時、イリステンドは魔法を持たなかった。
しかし、そのイリステンドの中で初めての魔法『召喚術』を使用したのが、世界救済の神子セレネーデである。世界救済以後になって、イクセリオンに召喚術が広まり、発展を遂げるに至った。
召喚術を使用できる人間『召喚師』は世界救済から千年が経った今でも多くはない。その数少ない召喚師を養成する唯一の機関が、アレクサンドリア王国立召喚術師学校。通称、召喚術師学校と呼ばれている学校である。
イクセリオンでも最高峰の学力を必要とする上級学校であり、入学することは当然難しい。入学したからといって一人前の召喚師になれるわけでもない。それ故に、今も昔も召喚師は貴重な存在だった。
そして、今日。召喚術師学校で六年間学習した生徒が正式に召喚師として認められるための卒業試験が行われる大切な日を迎えていた。
「大切な日、ねぇ・・・・・・」
試験の待合室で、セレナ・ヘルウェンディはまるで他人事のようにぼやいた。欠伸まで出てきそうな呑気な声に、聞こえた者は苦笑するしかない。
卒業試験は実技戦闘試験、筆記試験、召喚術試験の全部で三つだ。試験は生徒が三人組一班となり、三人個別の点数が合格点に達することで三人とも合格する。一人が合格点に達しない場合、三人とも不合格となる。たとえ、限りなく優秀な者が班に一人いても、他二人のせいで不合格になることはざらだった。
この奇妙な制度には理由がある。
かつての数少ない召喚師がその術を極めるために形成した集団があった。それが現在、召喚師を統括する召喚師連盟の原型である。召喚師連盟は召喚術を探求する資金を集めるために人々からの依頼を受ける営利団体となり、軍のように統率はとれていないものの、王国軍と並ぶ戦力を持つ集団となった。つまり、王国公認のイクセリオン最大のギルドとなるまでに成長したのである。
しかし召喚術がいくら強力とはいえ、欠点がある。召喚術は異世界の住人と契約し、同調して為す魔法であるためか、その発動には時間がかかる。敵と遭遇し、詠唱から発動までの間に全滅という場合も多かったという。だからといって、大勢で集団を為せば同士討ちになりかねない。そこで考え出されたのが三人一班を運命共同体となし、個々の行動を三人の責任と為すことだった。そこにたとえ優秀な一人がいたとしても、平凡な人間が三人でまとまっている方が重用される。こうして、卒業試験の制度が出来上がった。
もっとも、この班は生徒達の任意で構成するものなので、有力貴族と同じ班に入っておこぼれをもらうことや将来の出世の足がかりにしようという陰謀も働いてしまっているのも事実ではある。それがまかり通っているのもやはり、貴族専制の召喚師業界だからなのだろう。
初日の実技戦闘試験を控え、待合室には皆が三人組でテーブルを囲んで試験の最終確認をしている。一見賑やかだが、緊張感のある光景だった。
「いつになったら、僕らの班は全員揃うんだ?」
若干苛ついているような声がして、声の主である目の前の少年を見る。普段とは違い、見るからに不満げな顔をしていた。
レイド・ジャスティス、十五歳。イリステンドには珍しく金髪と水色の瞳を持つ。彼の一族がそういう容姿を特徴に持つのだが、彼の場合はそれがとても顕著だった。茶髪鳶眼が一般的なイリステンドの中でこの容姿はかなり目立つ。加えて、外見内面共に良く、入学以来常に学年二位と好成績ためか先輩後輩を問わず女子から人気がある。 実際に在学六年間、彼氏にしたい人ランキングは一位を独占状態で、男子からは恨まれっぱなしらしい。
ただ、本人がその手の話題に極めて疎いため、勘違いをして告白したものの玉砕する女子生徒が後を絶たない。
「ま、いつものことだからね」
セレナは空席を眺めながら、溜息をついた。視線を部屋の壁時計へと移すと、試験の予定時刻までそれほど時間がないことが分かる。
「いつものことって、いくらなんでも卒業試験だろ。セレナは史上最高の天才とまで言われてるのに、遅刻で失格だなんて笑い話にもならないぞ」
セレナもまた、レイドと同様に学校では知らぬ者はいないほどの有名人だ。
セレナ・ヘルウェンディ、十六歳。青髪蒼眼の少女というだけでも珍しいが、有名である所以はそれ以上に史上最高の天才と呼ばれているからだ。入学試験を含めて今までの試験は、筆記も実技も常勝一位。一位というのも二位とは圧倒的大差をつけている。学校では文武両道の鏡として、正式に召喚師になる前から召喚師連盟に期待されていると専らの噂だった。
「流石にフェーネもそこまで馬鹿じゃないよ」
「この状況じゃ、説得力はない」
「そんなに心配しなくてもいいって。もう来るから」
釈然としないといった様子のレイドに、セレナは入り口の方を指さす。そして、悪戯っぽくカウントを始める。
「三、二、一・・・・・・」
セレナのカウントに合わせるかのように待合室の扉が騒々しく開いた。あまりに急な出来事なので、生徒達の視線が一斉に扉に集まる。
注目を浴びていたのは一人の少女。長い茶髪をポニーテールに縛った少女は、かなり急いでやって来たらしく息絶え絶えだった。周り皆が自分を見つめるという状況の中で何も気にかけないかのように辺りを見回し、セレナとレイドの二人と目が合う。
「やっほ〜、待ったぁ?」
場にいた全員が一斉に呆れの声を出した。ここで誰も怒らないのは、彼女がそういう人間だと皆が理解しているからだろう。
フェーネ・フロリス、十六歳。セレナ班の最後の一人で、セレナやレイドとは入学以来の親友である。成績こそ二人に及ばず中の上といったところだが、 魔法の腕では一目置かれる人物だ。ただ、毎度彼女の遅刻癖は周りにいる人々に多大な迷惑をかけている。付き合いの長い二人はもはや咎める気も起きない。 進級試験や遠足、いかなる行事においてそれは適用され、待ち合わせというものに間に合ったことは今までない。いっそ見事とも言えるほどだ。 彼女なりに罪悪感は感じているようで、毎度反省するし謝るが、改善の兆しは一向にない。一時間以上の遅刻を数分の遅刻したかのような調子の良さもまた改善されることはない。
「相変わらずたるんだ顔ですこと! いくら他の二人が優秀とはいえ、あなたのせいでセレナ班はきっと不合格ですわねぇ。レイド君もこの女と組んだばっかりに、運がないですわ。 レイド君が不憫でわたくし、涙が出てきます。そうですわ。いっそ、わたくしと班を変わりましょう。そうすれば問題ないですわ。ねぇ、フェーネ・フロリス?」
フェーネに向かって好戦的な口調で言い寄る少女。格好こそ他の生徒と同じ制服で変わらないが、緩やかに撒いた髪の毛といい、見るからにお嬢様という雰囲気である。
「何よ、ロメリア。負け惜しみのつもり? 負け犬の遠吠えにしか聞こえないわよ」
「あなたこそ、今日が何の日かも分かっていらっしゃらないようですわね! その弱いおつむ、幼年学校からやり直してきてはいかがかしら」
「頭くるくるのあんたに言われたかないわよ! コレは何、ちょっとした余裕ってやつ?」
「く、くるくるですってぇ!?」
ロメリア・ディモルフォシカはフェーネとは犬猿の仲であり、ライバルでもある。召喚術はロメリアが勝るが、法術という別分野の魔法ではフェーネが勝る。 総合成績では二人とも五十歩百歩というところだろう。二人が契約している精霊も、喧嘩が絶えないことで有名な双子精霊のそれぞれと契約している。 それも相まって二人の仲は最悪だった。
二人の言い合いも見慣れたもので、誰も止めに入ろうとはしない。毎度同じようなことで言い合う二人はどう見ても低レベルだが、誰も指摘する気すら起きないのだ。
「まあいいでしょう。しかし、あなたが余裕ですとは聞き捨てなりませんわね。セレナとレイド君に教えられても尚、学年の半ばを浮遊しているあなたに余裕などとは、片腹痛いですわ!」
「それはあんたも一緒でしょーが! 学年三位のディアに教えられてるのに、ちっとも成績のびてないじゃない!」
セレナはそんな二人を見ながら溜息をつくと、仕方がなく席を立った。いつもは懲りるまでやらせるのだが、試験前では自分にとっても他人にとっても良い迷惑だ。 これで調子が狂って試験に落ちては洒落にならない。
そう思ってセレナが止めに入ろうとした時、
「おい、セレナ・ヘルウェンディ!」
やっぱり来た。と、セレナは思った。思わず目を細めて再び大きな溜息をつく。
フェーネがロメリアと口論すると、必ずセレナにもあたってくる面倒臭い人物なので、誰かなのかは考えなくても分かる。ロメリアが所属する班のリーダー、ゼノン・アポステリオリだ。
「最後まで勝ち逃げ出来ると思うなよ、セレナ。今度こそ、一位の座はゼノン班が頂くんだからな!!」
「はいはい。ま、精々頑張ってね」
相手をするのも面倒臭いのでどっかいけ、というセレナの態度がゼノンの癇に障ったらしい。不機嫌が目に見えるようだった。
そもそも、ゼノンが一方的にセレナをライバル視するのは、同じ炎系の魔法を使うからだった。自分こそが最も優れた炎の術師だと証明するべく、いつもセレナに勝負を挑んでくる。セレナとしてはどちらが上など興味がないし、元よりゼノンなど眼中にはなかった。
「相変わらず気に食わんな、その小馬鹿にした態度! 見ていろ、今までの僕とは違う。今日こそ、僕こそ最強の炎を操る召喚師だと証明してみせるぞ!!」
「はいはい。別にゼノンが最強を名乗りたいならそれで良いから、どうぞご勝手に」
「なんだと!」
セレナにその気はなくても、セレナの挑発する言葉にゼノンはヒートアップを続ける。かたや、フェーネとロメリアは本日も絶好調のようだった。
「・・・・・・そろそろ、本気で止めないとなぁ」
やりとりを完全に蚊帳の外から見ていたレイドは、これから自分の為さなくてはならないことを考えるとうんざりした。こんなやりとりは日常茶飯事で、 普段なら勝手に落ち着くまでやらせておくのだが、試験までの時間は残り僅かになっている。このまま試験に突入しても負けはしないだろうが、試験に臨む空気ではない。
しかし、レイドが止めるよりも彼が止める方が早かった。
「はーいはい、いつもお騒がせして申し訳ありません。ちょっと俺が目を離していったばかりに迷惑をおかけしたことはいくら謝っても謝りきれないですけど、ここは穏便に、いつものこととして水に流してくれると当方としても嬉しい限りなのですが、ご了承いただけるでしょうか?」
薄い茶髪の彼はロメリアをフェーネから引きはがし、セレナに迫るゼノンをはり倒して、流れるような口調と笑顔で謝罪した。どれもこれも随分手慣れた様子だが、それも彼がこの二人の幼馴染みであることと、二人の保護者を昔から務める苦労人という涙ぐましい経歴のせいだ。
ディア・カルセオクス。セレナやレイドに次ぐ学年三位の実力者。ゼノンの家であるアポステリオリ家は代々召喚師を輩出する家系であるのに対し、ロメリアの家であるディモルフォシカ家は有名な商家。そして、ディアはアポステリオリ家に仕える騎士の家柄だ。ゼノンとロメリアが許嫁の関係のため、 二人を保護する役目を持つディアは、お転婆ロメリアと我が儘ゼノンの保護者と成らざるを得なかったという。
「何をするのだ、ディア!」
「セレナさんに勝つとおっしゃるのなら、セレナさんに宣戦布告するよりもまだ他にやることがあるでしょう。ロメリア様も、俺が起こしに行かなかったら遅刻でしたでしょうに、 フェーネさんばかり貶すのはどうなんですか? 二人とも言いたいことがあるなら、まずは俺に言って下さい。もっとも、俺を説き伏せることが出来たらの話ですが。 ・・・・・・さて、俺が席まで引きずっていくのと、ご自分で戻られるのはどちらがお好みです? 俺としては後者の方が楽で良いのですが、お二人がどうしてもというなら考えますよ」
笑顔の言葉の端々に怒っています、と言っているのは誰でも分かっただろう。ディアもロメリアも反論できずに唸る。
顔を見合わせた二人は渋々という様子で、ちらちらとこちら側を見ながら席へと戻っていった。
「ディアも相変わらず苦労するな」
「これが俺の仕事ですから。レイドの方こそ、精々お気をつけ下さい。最後まで俺に負けないでいて下さいよ」
最後の一言だけは真顔だった。では、と元の通りの笑顔に戻るとディアはそそくさと席へと戻っていく。
相変わらずだなと、苦笑した顔で固まっているレイドの横顔を眺めながら思った。
ゼノンをリーダーとするゼノン班の手綱を握っているのが、このディアであることは恐らくゼノンとロメリア以外なら誰にでも分かる。 人一倍丁寧な物腰、大人の対応で笑顔を絶やさないが、腹は真っ黒の彼は二度会えばただのお人好しだとは呼べなくなる。レイドとはそのあたりが大きく違うのだ。
思えば、この因縁も随分と長くなる。自分たちがあのゼノン班の面子と関わりを持ち始めたのは二年生の頃のことだった。 フェーネとロメリアはクラスが同じだったことと、どうにも馬が合わないせいか、ことあるたびに喧嘩していたようだ。所謂同族嫌悪だと思う。 一方で、別クラスにいた自分は同じクラスになったゼノンにやたらと突っかかれるようになり、定期的に決闘という名で挑戦を申し込まれるはめになった。 現在までに何回決闘だのなんだので呼び出されたか知らない。結果は全て返り討ちにしたのだけれども。
今では穏やかになっているが、当時一番仲が悪かったのはレイドとディアだった。ディアの腹黒さはその頃から健在で、水面下の闘争も激しかったという。
本気で決闘をしてレイドが勝利してからは、表だって喧嘩することはなくなったが、先程の言動から考えてもまだまだ冷戦中といったところだろうか。
「べーっだ! 人のこと言えないじゃないのよ、ロメリアも」
「フェーネ、それは自分に非があると認めた上での発言なんだよな?」
笑いながらフェーネの背後で呟いたレイドの声は、表情ほど笑ってはいない。フェーネはびくっと身体を震わせて、ゆっくりとレイドと視線を合わせて引きつった顔で笑った。
前言撤回。結局、フェーネとロメリアもレイドとディアも、似たもの同士なのかも知れない。
「え〜っと、あの・・・・・・それはですねぇ」
「それは?」
「レイド、あまりフェーネを虐めない」
「セレナ。いい加減どうにかしないと、僕らが首を絞められることになりかねない」
「フェーネをどうにかすることくらい、今じゃなくてもいつでもやれるでしょ」
レイドは不満そうだったが、確かにその通りだと納得したようだった。お咎めを免れたフェーネはほっと息を撫で下ろす。
もっとも、セレナとしてはフェーネの遅刻癖は治しようがないと諦めているのでどうにかする気などない。何よりも面倒臭い。
「ありがと、セレナ!」
「どうせ言ったって、治らないでしょ」
「なんか、そう言われた方が遅刻を責められるよりグサって来る・・・・・・」
やっと席に座ることが出来たが、試験までほとんど時間は残されていなかった。セレナはこれから行われる実技戦闘試験についての注意事項と、 二人からの質問がないかどうかを確認することにする。とはいえ、事前に配られた要項通りのことを確認するだけなので、特に質問は出なかった。 戦闘についての確認もそれほどやることもない。というのも、セレナ班はそれぞれが独特の戦闘スタイルを持っているからだった。
同じ召喚師とはいっても、使用する術や系統は人それぞれで、その特性も多岐にわたる。この三人に関しても、それは同様でいっそ清々しいほどに極端な特性を持っているのだ。
レイドは家柄のせいもあるが、剣術に長けている。そのため、召喚術をむしろ補助として使いながら前衛で敵を引きつけるのが基本だ。 その反対なのがフェーネで、召喚術でも法術でも補助と回復系の魔法専門で、物理戦闘は全くというほど出来ないために後衛でサポートする。この二人に対して、セレナは攻撃魔法と物理戦を織り交ぜながらフォローするというのが、お決まりのパターンだった。
「ま、いつも通りでも問題はないと思うけどね。チームワーク重視、しかも貴族様が学校の試験でやたら強い魔物を課題にしたら問題だろうし」
「そうだね。私達が割と庶民だから、浮いてるくらいだし。成績に関しては申し分ないけど。主に二人が」
「他力本願はやめなよ。三人とも合格点に満たないと、合格出来ないんだし」
「まあ、実技試験に関してはやたら強い魔物を用意してるなんてことはないと思う。そんなのを召喚師連盟が試験用として抑えられないだろうから。僕もそんな話は聞いてない」
現校長や召喚師連盟の上層部にはレイドと同じジャスティス一族がいるので、レイドはやたらと情報通だ。そして、レイドの話は試験控え室の現状を見ても理解できる。
今日の試験が開始されてから、既にいくつかの班は試験を終了していた。その様子を見ると、軽傷者はいるが重傷者が出るような試験ではないようだ。 班のレベルを考えて試験官が相手を選んでいるというのもあるからだろう。それに、一日目の試験で脱落されては困るからというのもある。
「よし、俄然やる気出てきたよ! 私達に敵う相手なんて、いるはずないもんね」
「油断だけはしないでくれよ。セレナのせいで班のレベルが跳ね上がってるのは事実なんだから」
「レイド、あまりひとのこと言えないと思うけど」
「むぅ、レイドこそ油断しないでよね!」
それからしばらくもしないうちにセレナ班の呼び出しがあり、三人は試験会場へと足を運ぶこととなった。
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