Legend Story -the heir of the world-  

第壱章 平和な世界イクセリオン -Peace is not happiness-
 Section1 アレクサンドリア王国立召喚術師学校卒業試験


   *   *   *


 夏のぼんやりと輝く星と限りなく細くなった月が夜空に浮かんでいた。きっと学校を少し離れた所にある小川では、蛍が今年最後の光を放っていることだろう。
 寮の自室へと戻ったセレナは窓から入ってくる涼しさを含んだ風に当たりながら、月を見上げていた。
 波乱の実技戦闘試験から始まった卒業試験だったが、筆記試験、召喚術試験は穏便に行われていった。約一週間をかけた試験も全てを終えて、あとは結果待ちである。 セレナは相変わらず、筆記試験でも召喚術試験でも完璧と言える出来だったため、セレナ個人で落ちる要素はないはずだ。あとはフェーネとレイドの出来次第だった。

「もう、七年経つのか・・・・・・」

 一人っきりの部屋ではセレナの呟きに応える者は誰もいない。
 育った故郷を離れて、もうそれくらいの年月が経つ。今でも昨日のことのように思い出せる故郷を出たあの日が、随分遠くなったものだ。

「あんな戦い方してるのを見たら、きっと怒るんだろうね」

 故郷にいた頃、セレナに全てを叩き込んだ人物の顔を浮かべると溜息が出た。この溜息癖は、もしかしたらその人譲りなのかもしれない。
 一度伸びをしてから机に座り、何冊目になったか分からない日記帳を開く。律儀に毎日日記なんてものをつけだしたのも確か、それくらい前のことだっただろう。 今日の日付と短い文を数行連ねるとインクが乾くのを待ってから閉じる。

「今年の夏も、もうすぐ終わるね」

 セレナはペンを止めて声に出さず短い言葉を呟いた。
 夜は、どんどん更けていく。日記を書き終えたセレナはなんとなく疲れを感じて、珍しく早々にベッドに横になった。


   *   *   *



 荒れた息を整えながら、額の汗を拭う。夏はそろそろ明けるのに、湿気でなかなか蒸発しない汗が気持ち悪い。 いや、気持ち悪いのはこれが暑さからくる汗ではないからかもしれない。そもそも、これは汗だっただろうか。
 世界は赤く染まっていた。真っ赤な光、真っ赤な血。世界にはそればかりだった。逆に、それ以外にない。
 誰かが何かを叫ぶ声が聞こえた気がする。なんだっただろう。耳には何一つ入ってこない。それよりも、頭に直接訴えてくる声が五月蠅かった。
 怒り、憎しみ、悲しみ、恨み。そういったものが、死者の声になっていない声が、自分を責め立ててくる。もう分かったと、やめてくれと言っても、それらが止むことはないだろう。 言っても無駄なことを口に出来るほど、自分にも余裕はない。
 怠い。気持ちが悪い。胸が軋む。
 ふと、背後からの砂がこすれる音で我に返る。其処には更なる恐怖と憎悪の固まりがあった。呑まれそうになって、気分が更に悪くなる。頭痛が酷い。

「よく出来た、シナリオ・・・・・・だよね?」

 確認と同意を求める問いは、誰に放たれることもなく空気中に霧散する。
 予想していなかった、予感していたこと。でも、そのおかげでどうやっても抗いようのない、この現実を理解することが出来たのかもしれない。 これが自分が甘かったことへの代償。罪の精算。
 笑いも出てこない。涙も出てこない。ただ、力が抜けていく感覚。馴染みのある『死』の感覚が、自分を包んでいくのが分かる。
 運命とは、こうもよくできているものなのだろうか。褒め称えたいくらいに逃げ道ない迷宮は、ある意味堂々巡りという決められた迷う余地すらない道とも言える。 始まりは確かにあったはずなのに、終わりはいつまで経っても見えてこない無限な生き地獄。
 膨らんでいく殺気をこの身で受け止め、逃避するかのように見上げた空は暗い鉛色だった。代わりに泣いてくれる、涙雨に祈ろう。
 そして。

「何か言い残すことは、ありますか?」

 無感動な声が乾いた空気に染み渡る。その言葉が空虚な空間に消えた。


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