Legend Story -the heir of the world- 

第壱章 平和な世界イクセリオン -Peace is not happiness-
 Section2 彼らの出会い



 卒業試験を全て終了した第六学年生は、久しぶりに休みと言える休みを満喫していた。卒業試験が終わると授業も試験もなく、あとは卒業式を待つばかりだ。合格したと分かれば召喚師として旅立つ準備も必要になるが、試験の判定は召喚師連盟と学校が揃って協議するためか、いささか時間がかかる。合否の発表があるまでは、ささやかな夏休みといったところだった。
 昨晩は夜遅くまで六年生自らが主催の卒業試験慰労会が行われた。いつもは規則にうるさい寮母も昨日ばかりは許してくれたので、夜遅くまで慰労会を続けることが出来たのだ。 そのせいか、いつも通りの朝食の時間になっても六年生の姿はほとんど見えない。昼起きの人が多いのだろう。
 その数少ない六年生の中には、卒業試験でグリーンドラゴン撃破という功績を収め、一躍英雄騒ぎとなったセレナ達三人も含まれている。

「今、なんとおっしゃいました?」

「ん?」

 普段の生活から朝食時間ぎりぎりまで寝ているフェーネを、セレナは試験明けでも容赦なく叩き起こして、いつも通りの朝食を取っていた。
 フェーネとしては大多数と同じく昼まで寝ているつもりだったのだろう。朝からセレナに対する不満は溜まりに溜まっている。そして、遂にその不満は許容量を超えてしまったようだった。

「結果が出るまで暇なんだから、実技戦闘の強化訓練でもしないかって言っただけだけど?」

「なに当然のようにいってるの、おかしいでしょ!? テスト終わったんだから、少しくらいのんびりしても罰当たらないはずよ。朝から戦闘訓練、午後は召喚術の練習、合間と夜には筆記試験の勉強の辛き日々。えぇ、確かに思い返せば懐かしく涙ぐましい思い出よ。 そんな生活からやっと解放されたと思って、昨日はベッドに入って幸せだったわ。戦闘訓練なんて、今まで十分すぎるくらいやったはずよね。 ・・・・・・て、どーしてレイドは笑いこらえてんのよ!」

 大仰に言ってみせるフェーネに、レイドは肩を震わせながら笑っている。吹き出すのをこらえている様子に、何が可笑しいのかとフェーネは眼を利かせた。

「まあ、こうなるだろうとは思ってたからさ」

「なんでよ?」

 フェーネの矛先がセレナからレイドへと変わったのを確認して、セレナはハーブティーを口へと運んだ。グラスに入った氷が少し溶けてきている。
 レイドがしまったという顔をしているが、もう遅い。視線で助けを求められようと、セレナは無視を決め込んだ。

「レイド〜?」

 恨みがましい声で責められるレイドは、理不尽だと表情で訴えた。フェーネから責められ、言い出しっぺのセレナにも逃げられたのだ。こうも二人に挟まれては、ますますどうすればいいのか分からない。ゼノン班のように男二人に女一人、しかも実質腹黒男が支配するとなれば男権力は安泰だろうに。
 理不尽だ、とレイドはもう一度心の中で訴えた。

「あ、あのさ。ドラゴン撃破の英雄って言われても、倒したのセレナだし。あの勢いだと、むしろ僕らはいらなかったというかなんというか。 え〜っと、つまり、僕ら貢献という貢献はあまりしてないだろ。最後は互いに足引っ張って、セレナに助けてもらったわけだからさ」

 なんとか言葉を繋げたレイドはフェーネに苦笑いをしながら同意を求めた。

「まあ、確かにそうだけどさぁ」

 確かに、相手は生物最強種族のドラゴンだった。召喚師の卵状態の学生が倒せる方がおかしい、というのが普通の考え方だ。そのようなフィルターにかけて先日の戦闘を見れば、よくやったと讃えられるべきものだっただろう。だが、冷静に見つめてみれば先日ほど無様な、致命的なミスのある戦いをしたことがないのも事実だった。
 敵前にして許しを請うフェーネ。剣をなくし、尻餅をついたレイド。本来なら爆笑が沸き起こるようなシチュエーションで、もしセレナがフォローできなければ死んでいた。
そう考えれば、実に笑えない。
 レイドとしては、相手が誰であろうと剣を奪われる事態は屈辱的なことだっただろう。なんだかんだで、一族の十八番である剣術がレイドにとっての第一なのだ。 その剣で負けた上、セレナが止めを刺したというのは非常に情けない。
 真面目なレイドであれば、セレナが口出ししなくても訓練量は増加させるつもりだったのは見えていた。だが、フェーネはそうではないだろう。だから、セレナはこうして訓練を持ちかけているのである。

「そんなに酷かったかなぁ」

「相手がドラゴンだったから、みんな気付かないだけだ。相手をスライムに置き換えて見てみれば、どれほど情けないか分かるだろ。敵が何であろうと、やっていいことと悪いことはある」

「冷静に考えれば方法はいくらでもあったでしょ? あのトカゲ相手にフェーネに至っては許して下さい、だしね」

「あ、あれは!」

「本来後衛を守るのが役割の僕が、フェーネの位置を把握しきれてなかったっていうのも敗因の一つだから、全部が全部フェーネだけのせいってわけでもないけど」

「分かった、分かったから! 訓練すれば良いんでしょ、それで納得なんでしょ!!」

 フェーネは遂に降参して、折れることになった。
 頭脳労働も肉体労働も不得手のフェーネだが、嫌だと言っていても強くはなれないことは分かっている。

「第一、僕もセレナも、個人戦に特化しすぎなんだ。これからはチーム戦が基本なんだから、それでも対応できないとまずいだろ?」

「ま、実際に今まではそれでなんとかなってたからね」

「暗に足手纏いって言わないでくれるかなぁ・・・・・・実力差があるのは重々承知してるわよ」

 召喚師となって旅をするのならば、常にチームで長期戦となる。今までの試験のように決まった時間内で限られた戦闘をするだけというわけにはいかない。 野宿をするのならばいつ襲われるか分からないので、番をたてて魔物には常に警戒しなければならないし、誰かしら寝不足という犠牲を払わなくてはならなくなる。 チーム全体でのレベルアップが必要なのは必然であった。
 レイドは入学以前に剣術は一通り学んでいる状態だったので、個人戦でも何の苦もなかった。セレナも物理戦は慣れたものだった上に、 魔法も他人より発動時間がかなり早いために、個人戦でも何も問題がなかったのだ。しかし、これからはそうもいかなくなるだろう。
 元来、火力重視のセレナとレイドは、その火力を維持しつつ長期戦を堪えれるように訓練はしている。が、無期限の長期戦となると話は別だ。要となるのは回復役を担うフェーネであることは間違いない。
 学年の一位二位と続く二人が所属するこの班で、フェーネはどうしても自分を卑下しがちだ。唯一の回復という大役を担っているというあたりを、セレナやレイドが高く評価していることを、恐らくフェーネ本人はそこまで分かっていない。フェーネはこのチームの生命線なのだ。

「で、具体的にどうするのよ?」

「そういう顔で訊く?」

 フェーネの顔は訓練自体は諦めたが、ちょっとくらい休みにするよね、と訴える顔だった。あまりの期待する顔に、セレナは思わず溜息をつく。
 確かに、焦っても仕方がないことではある。一日二日でどうとなることでもない。どうにかなるなら、とっくに手を打っていたはずだ。

「今日一日、だからね」

「良かったぁ〜、本当に休みないのかと思った! じゃ、こうしちゃいられないわね」

 残った朝食を慌てて片付けると、フェーネはそそくさと食堂を出て行った。そんなにやりたいことがあったのか、と逆に感心してしまう程だ。
 長く喋っていたせいか、授業のある他学年はいなくなり、授業ない六年生でも食堂からはいなくなっていた。取り残されたレイドとの間に自然と沈黙が流れる。

「・・・・・・一つ、いいか?」

 そうレイドが切り出したのは、フェーネが食堂からいなくなってから時計の秒針が一周する頃だった。
 やけに真剣味を帯びた声に、セレナも気持ちを切り替える。

「ん、何?」

「閃光龍刃剣」

 レイドは一言、先日の試験でドラゴンに止めを刺した剣術の名を呟いた。それだけで、セレナはレイドが何を言いたいのかを察する。
 分かってはいるが、セレナは敢えてレイドが何を言うのかを待った。

「ジャスティス流剣術第一奥義。大剣の重さを利用し、魔力を制御、相手を一刀両断する剣術。ジャスティス流の門下生でもないセレナが、そんなのどこで覚えたんだよ?」

 レイドの声は抑揚もなく、淡々としていた。
 セレナもそれを疑問に思うだろうことは分かっていたのだ。セレナとしても先日の剣術は自慢ではないが、完璧な出来だったと思う。怪しまない方がおかしい。
 宙に舞った剣を掴み、そのまま剣を上段に構えた。完全にドラゴンがこちらをに対し無警戒だったこともある。魔力を込めた一撃は、鮮やかにドラゴンを一刀両断した。威力は十分すぎる程だったし、あれくらいのドラゴン相手だったら、無傷でもあれだけで必殺の一撃だっただろう。

「どこだと思う?」

「クロノス流と違って、ジャスティス流は基本的に道場でしか習うことはできない。地域に点在する小さな剣術道場でも、入門すればジャスティス機関の名簿に名前が残る」

 正式に習ったのならば、ジャスティス一族が把握していないはずがない。しかし、セレナはジャスティス流の道場に入門した経験はないので、名前は残り得ない。 つまるところ、セレナがジャスティス流剣術を使う事はあり得ないのだと言いたいのだ。

「私の剣術はクロノス流の系統だって、レイドには言ったはずだけど」

 イクセリオンにはジャスティス流とクロノス流という剣術の二大流派がある。
 イクセリオンに広く一般的普及率の高いジャスティス流は、一言で言えば一撃重視の流派だ。使う剣も大剣が多く、一撃一撃の攻撃力を重視した術が多い。レイドは一般的なジャスティス流の剣士よりは少々小柄な剣を使っているが、大剣に含まれる代物に違いはない。
 対するクロノス流はジャスティス流の真逆と言っても良い。短剣や片手剣といった軽い剣を使い、素早い動きで相手を翻弄する。一撃よりも手数で勝負するといった流派だ。クロノス流にはジャスティス流と違って、大きな道場のようなものもなく、正統な継承者が不明なため亜流が多く出回っている。どれが正統なのかも、もはやよく分かっていない流派だ。

「今まで、セレナの剣を見たこともあったけど、確かにセレナの動きはクロノス流系統の特有のものだ。けど、あれは間違いなくジャスティス流剣術だった。セレナも自分で術の名を言ってたんだ。あそこまで完璧だと、見よう見まねでやったわけじゃないだろ」

「それで、仮に私がジャスティス流を習っていたとして。何処で習ったかを知ったところでどうするわけ? そこから私の身元でも調べる? レイドも知っていると思うけど、門下生名簿に名前が載っているはずはないから、無駄だと思うけど。・・・・・・第一、このことを非難される覚えはないよ」

「それは」

「最良かつ最善の方法だったと思うけど。そうじゃなきゃ、死んでたのはレイドだよ。それとも、レイドが何とかした? 私が手を出さない方が良かった、とでも?」

 質問をすり替えながら逆にセレナが問い詰める形となって、レイドは黙り込んだままどう答えるべきか考えていた。
 先程の話でも出ていたが、セレナとレイドは個人戦に特化している。得てして魔力の高い者や魔法の威力が高い、または魔法の効果範囲が広いなどという者は他者を戦闘に巻き込んでしまうので、個人戦の方が楽だということは稀にある。ただし、それが行きすぎているのがセレナとレイドだ。
 あの状況下でもセレナと同様、レイドも一人でドラゴンを撃破することは可能だったに違いない。ただ、それはレイドが本気になったらの話だ。

「甘いね、レイド。互いに腹の探り合いをするのはいつものことだけど。手の内を隠しているつもりが、そこに自分の実力を落としたら本末転倒だよ」

 レイドはどんな状況であろうと、本気を出さない性格だった。出せない性格と言っても良い。手加減をしていようと、そこら辺の人間に比べればかなり強いので問題ないが、窮地に陥ってしまった場合には大きな問題だ。本気を出せば何とかなったから、などという言い訳は死んでからでは無意味なのだから。
 今までにも何度か先日のような状況がなかったわけではない。だが、その度にレイドは自分の力で何とかする前に、セレナによって助けられている。いざというときに限って、剣を退いてしまうのがレイドの悪い癖だ。
 レイドを甘やかしている自分にも一因があることは黙っておく。

「・・・・・・お互い様だろ」

「どうかな? 少なくとも、私は手の内を隠すためなら負けてもいいなんて思わない。目的を達するためなら、誰が相手でも容赦しない」

 レイドは軽く渋面を作りながら、拳を握った。
 こんなことを話すのは、何も今日に限ったことではない。班員であるフェーネすら知られていない、セレナとレイドが入学当初から続けている腹の探り合いの一環だった。味方でありながら敵という関係を保っているのには、ちゃんとした理由がある。
 貴族専制の召喚師という業界で、前代未聞とまで言われる異質がセレナとレイドだ。貴族出身でないのにも関わらず、学年のトップを非貴族の二人が独占するというのはまさに異常事態としか言いようがない。レイドは貴族ではないものの、家柄的に他の生徒からも納得されるが、セレナは違う。無名の家名を持つ人間が、召喚師として突出することなどあり得ない。故に、色んな意味で注目される。フェーネはそういうことに頓着しないが、レイドは別だ。要注意人物として認定するのに、セレナは十分な人間だった。

「僕の負けだね。少し気になったから訊いただけなんだけど、逆に忠告されるとは思わなかった」

「甘いんだよ、レイドは」

「うん。そうかもしれない」

 声と共に表情を緩めたレイドはセレナを見ながら、苦笑した。

「これから、どうするんだ?」

「一日時間が空いたからね。適当に」

「そっか。じゃ」

 後ろ姿から察するに今から訓練、といった所だろうか。レイドは生真面目すぎる。努力をするところを間違えていなければいいのだが。

「あまり焦らないようにね」

「心得ておく」

 もっとも、レイドにこの種の忠告をしたところで聞いた試しがない。振り返らないままに、レイドは食堂を去っていった。

「さて、どうしようかな」

 一人、天井を仰ぎながら呟いた。セレナはフェーネやレイドのように、特別に何かやりたいと思うことは特にない。
 すっかり汗をかいたグラスの氷は、もうほとんど残ってはいなかった。


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