Legend Story -the heir of the
world-
第壱章 平和な世界イクセリオン -Peace is not
happiness-
Section2 彼らの出会い
* * *
太陽が高く昇り、一日の中で最も暑くなるだろう時間帯に、セレナは森の中にいた。学校からはそれほど離れていない、形式上は学校の敷地となっている場所である。
召喚術師学校はあまり手入れはされていないが、敷地と呼べる面積がかなり広い。というのは、訓練場として用意されている場所が多いということだ。
訓練場は学校の校舎や寮とは違い、魔学による魔物避けをしていない場所がほとんどで、敷地内でも魔物と遭遇する。ある意味絶好の訓練場所だが、リスクも大きい。
学校から離れて奥に行けば行くほど、魔物は大型だったり凶暴なものがいたりするのだが、逆に言えば奥に行かなければ、それほど強い魔物はいない。
セレナが座っている辺りの広場はそういった、ほとんど魔物も出ないような場所の一つだ。
セレナは木陰の下でぺらぺらと本のページを捲った。今日は授業日で、六年生も休んでいる人が多いので、人は来ない。
正直に言うと、静かに本を読んで考え事に勤しむくらいしかまともな休暇の潰し方が思いつかなかった。だが、休日となると、この辺りは人が多く魔法の練習をしていて騒がしいし、
校内の図書館も人が集まって五月蠅くなることが間々あるのだから、こういった過ごし方も贅沢だろう。
ふと手を止めて顔を上げると、ほとんど快晴の空にぽつんと雲が流れていった。吸い込まれそうな程の青空に、ゆっくりと手を翳しながら思考の海へと沈み始める。
静かだった。いっそ、不気味と言えるほどに。
波乱を生んだ卒業試験の実技戦闘試験での、魔物化したドラゴンは敵わないなんてことは思わなかったが、神聖な生き物が魔物化したということがやたらと気にかかる。元から気性の荒いドラゴンがいないわけではない。しかし、基本的にドラゴンは知能が高く、レイスタンスでは神の内とさえ考えられている。そんな生き物が魔物化することにどういうことが示されているのか。
そもそも魔物とは“我を失いヒトを襲う怪物”と定義されている。剣で斬れば黒い血が滲み、倒せば黒い靄を放って消滅する。そして一切の死骸が残らない。分かっているのはそれだけで、魔物化するメカニズムは未だに不明とされている。はっきりと言えることは、元はただの動物で、何の前触れもなく魔物化することがあるということだけ。
「そういえば、最近また魔物が増えたって言ってたっけ」
貴族ではないセレナのために授業料などを納めてくれる人が住んでいる、ブリューネルという街からの便りにはそうあった。近くに大きな街がない召喚術師学校に届く、僅かな世間の情報によるとブリューネル地方とイクセリオンの商業の要であるアラフ地方に魔物が多いという。
魔物化のメカニズムが分からなければ、魔物が増える原因も分からない。討伐しか魔物を減らす方法が思いつかないが、それも間に合ってはいないらしい。
「まったく」
思考を停止して、溜息をつく。先程から感じていた気配が、少しだけ動いた。
指先で軽く空を斬ると、小さな炎の玉が後ろの茂みへと飛んでいった。茂みが軽く炎上し、気配が急にあたふたと慌て出す。
「あ、ちょ、待って!
熱!」
思った通りの声に、セレナは何事もなかったかのように読書を再開した。
声の主は茶髪のポニーテールを揺らし、わたわたと茂みから飛び出すと、セレナの前に仁王立ちで立ちはだかる。
「何すんのよ、セレナ!」
「別に。フェーネに他人を後ろから覗く趣味があったとは、割と長い付き合いになるけど知らなかった。前々から、私の後ろに立たないようにとは言ってあったと思うけど?」
「そ、それは謝るわ。でも、念のために誤解されないよう言っとくけど、断じてそんな変な趣味持ってないわよ!
せっかく昼食持ってきてあげたんだから、むしろ感謝しなさいよね!」
フェーネはサンドウィッチの入ったバスケットを見せつけると、自慢げに笑う。フェーネは苦手が多いとはいえ、料理は得意だった。
セレナの隣に座ったフェーネは、肩にかけた水筒からアイスティーを、もう一つのバスケットから出したグラスに注いでセレナに渡した。
フェーネはフロリス家という中流貴族の一人娘だ。この学校から一番近い街、ノエルの治める市長の娘である。ノエルは他の街と比べると新興の街であるせいか、フロリス家は王都に住む貴族から田舎貴族という扱いをされている。そのせいもあってか、フェーネは貴族でありながら、他の同級生である貴族と違って家庭的な面を多く備えていた。それも、田舎者扱いされる理由の一つなのだけれど。
「セレナにしては、今日はやけに平和なところにいるじゃない?」
「ん?」
「セレナって、いつも訓練場でも奥の方にいるじゃない。おかげで一回怖い思いまでして、奥まで行ったんだからね」
「今日は訓練じゃなくて、読書と考え事のために来てるからね。それと奥まで行ったのは、そもそもがレイド目的だったんでしょ?」
「おっ、おっしゃる通りですが」
それでも、訓練場をわざわざ読書と考え事のために使う人はセレナ以外にはいないだろう。そういうことは校舎の中庭とかでやることだと、フェーネは抗議する。
フェーネが曰く、恐らく訓練中であるレイドのために昼食を持って行こうと思ったらしい。レイドは訓練となると没頭しすぎて、昼食を抜いたりすることが多いからだ。ちなみにセレナもよく抜くのだが、それはセレナがあまり食自体に関心がないせいである。ともあれ、レイドへと昼食を持って行ったところ、セレナにも渡して欲しいと少し残したらしい。そして、訓練場の奥の方には来ていないというので、色んな所を探し回る羽目になったというわけだ。
「頑張ったんだからね」
「これくらいで、何を言ってるんだか」
「とにかく!
ほら、折角なんだから食べなさいよ。その超絶に偏食で小食で、羨ましいくらい細いんだからちょっとくらい食べ過ぎても大して変わらないわ」
「・・・・・・ローストビーフ?」
「あ、すごい。分かる?」
バスケットをまだ開けてもいないのに中身の具を一つ言い当てたことに、フェーネは感心した。元がレイドのためだというのを考えれば、妥当な線だろう。それに。
「生臭い」
「つべこべ言わない!
ちゃんと、レイドがセレナのためにトマトレタスサンド残してくれたんだから、それくらい食べなさいよ。ローストビーフは私が食べてあげるから」
セレナが偏食で小食というのも、学校ではかなり知られている情報である。
生臭いという理由で、肉も魚も食べない。食べるのは主食のパンや米とサラダで、スープも野菜のみなら食べると徹底している。反対に好きなのはハーブティーや紅茶の類や、果物類は好んで食べる。ただし、デザートなどは甘いのが嫌いなので却下。
こんな食生活でレイドのような前衛と同じくらいの運動量なのだから、太るわけがない。筋肉もつかない体質のせいか、セレナの体型はかなり細々としていた。
もともと食べることに執着はない性分な上、セレナも死ななければ食べなくても構わないと思っている。
「セレナの身体は一体どういう構造になってるのよ。それでなんでやっていけるのか、さっぱり分からないわ」
フェーネは余りのサンドウィッチを頬張りながらぼやいた。フェーネは、運動量に対して食べ過ぎだろう。
「まあ、初めて会った時よりかはマシになった気もするけど。そーいえば、まだセレナと会ってから六年しか経ってないんだね。初めて会ったのもこんな日だったっけ」
先程セレナが見上げた空を見ながら呟いたフェーネに、セレナは小さく返事をした。
フェーネと出会ったのは、召喚術師学校の入学試験の日だった。時間的にもだいたいこのくらいで、丁度昼休みの時間だったはずだ。
「うんうん、懐かしいな〜。セレナ、覚えてる?」
* * *
「あ〜、もう無理無理! あんな問題、解けるわけないでしょっ!?」
太陽は南に高く上り、夏の日差しが照りつける中で、当時十歳だったフェーネ・フロリスは相当憤慨した様子で中庭を歩いていた。地理上の関係で、そこまで暑い地方ではないので、夏でも日陰に入ってしまえば風が涼しく、暑さに対してストレスを感じるほどではなくなる。
フェーネはどこか良い日陰がないかと、先程のような愚痴を言いながら歩き回っていた。
「あぁ〜、時間も足りなかったし、計算も間違えたし・・・・・・もう終わりだぁぁぁ」
午前中の筆記試験が終了して、昼休み。各々が昼食を取るために、皆が食堂へと足を運んでいるようだった。だが、フェーネは試験の手応えが悪いためか食欲が湧かず、こうして歩き回っている。愚痴を大声で言うのは、皆昼食のせいでこの辺りには人がいないと確信してのことだった。
感情にまかせてテストへの文句をぶちまけると、今度は段々とテンションが下がってくる。やがて、不安の言葉へと変わり、落ち込むように木にもたれかかって息をついた。
「これじゃ、せっかく周りの反対を押し切ってまで、町を出てきた意味がないよ・・・・・・どうしよう・・・・・・」
「そんなんだったら、帰ればいいのに」
不意に聞こえた声に驚いて、フェーネは咄嗟に辺りを見渡す。最後にまさかと思って上を見上げると、もたれていた木の上には青髪蒼眼の少女が見下ろしていた。
フェーネは驚いたのと、今までの自分の行為を思い出したので、恥ずかしさで狂乱状態だった。訳も分からず力任せに木を揺らすと、もともと華奢だった木から何枚かの葉と共に、少女もバランスを保つことが出来ずに落ちてしまった。
もちろん、これがセレナ・ヘルウェンディだったのだが。
セレナはフェーネの理解不能な行動にも動揺することなく、見事に一回転をしながら音もなく着地すると、フェーネを少し睨んだ。文句の一つでも言うのが普通なのだろうが、セレナは一言も発しない。ただ睨みつけるだけだった。
フェーネにしてみれば、怒ってもらった方が気が楽だっただろう。セレナの視線は、同い年とは思えないほどに威圧的だったのだ。
「ごっ、ごめんなさい。本当にごめんなさいっ!
びっくりしちゃったもんだから、ええと」
必死に謝るフェーネの様子にセレナも呆れたのか、威圧感を少し和らげて小さく溜息をついた。思い返すと、これがフェーネにとって、セレナの第一回溜息だ。
「別にいい。こっちも聞いてたからね」
「うぅ。えっと、私はフェーネ。フェーネ・フロリスだよ」
「フロリス・・・・・・ノエルの?」
名乗っただけでも、何処の誰だか分かってしまうのだから、フェーネは嫌になった。大して貴族として優雅な生活を送れているわけではない、肩書きだけの貧乏中流貴族は馬鹿にされることの方が多いので、知られていない方がマシなのに。
「で、あなたは?」
嫌な気分を押し殺しながら、表情を窺うように名前を尋ねた。表情を窺っても、先程から溜息での呆れ以外は無表情で凍り付いている。まるで人形のように。
確かに先に失礼なことをしたのは、フェーネの方だ。だが、こちらは謝ってしっかり名乗ったのにも関わらず、名前すら教えてくれないとは一体どういう了見だろう。こんな態度をとられる覚えはない。貴族たるもの、名前すら自信を持って言えないとはどういうことなのか。何か後ろめたいことでもあるのか。
名前すら言えないような奴に、日夜惜しんで勉強を重ねてきた自分が帰れだの言われる筋合いはない。
段々腹立たしく思いながらも、返答を諦めかけた時、深い色の蒼眼をすっと逸らしながら、彼女はおもむろに言った。
「・・・・・・セレナ・ヘルウェンディ」
なんだ、ちゃんと言えるじゃないか、と拍子抜けする。しかし、ヘルウェンディというのは聞いたことがなかった。
フェーネは小さい頃から、ある程度主要な貴族の名前は把握している。人よりも結構知っていると自慢できるほどだ。それで知らないのだから、セレナは下級貴族の出なのだろう。そのせいで恥ずかしくて言えなかったのだろうか。恥ずかしさなんて表情からは微塵も窺うことは出来なかったけれど。
と、これもフェーネの認識の間違いで、セレナがごく一般の平民だということを知ったのは、この後入学してからのことだった。
「セレナ、か。うん、それでね。さっきは帰ればとかなんとか言ってくれちゃったけど、私にも野望ってやつがあるんだ。だから、この試験には意地でも落ちれないの。そういうことだから、私絶対に合格するっ!
合格したら、また会おうね!」


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