Legend Story -the heir of the world- 

第壱章 平和な世界イクセリオン -Peace is not happiness-
 Section2 彼らの出会い


   *   *   *


「びっくりしたわよ。まさか、誰かいるとは思わないじゃない?」

「私はフェーネが中庭に入ってきた辺りから気付いてたけど?」

 あれだけ大声で文句をぶちまけていたのだ、気付かない方がおかしい。セレナも貴族ばかりが集まっている場所にしては、珍しい奴もいたもんだと思った覚えがある。

「で、二度目に会った時も」

「そ、それ以上は言わないでっ! あれは、その、事故だったのよ!!」

 セレナがフェーネと再び顔を合わせたのは、入学式の後のことだった。皆が教室へと入ったのにも関わらず、フェーネだけが校舎内で迷子になったのだ。いつまで経っても教室に現れないので、何故かセレナが探してこいと言われ、校舎でも教室とは反対方向の特別教室棟にいたフェーネを捕獲した。
 その時のフェーネといったら、セレナを見た途端に泣き出すし、意味の分からないことばかり口走っていた。

「学校で遭難するとか」

「だから、言わないでって言ってるのに!」

「訓練場で遭難してた時も十数回あったけど、それは下級生だと良くあることだしね。でも、校舎内で遭難したのは流石にフェーネだけだと思うよ」

「も、もう! この話は終わり!!」

 懐かしいとか言いながら、話を振ってきたのはそっちだろうに。
 セレナはサンドウィッチを二つほど平らげ、アイスティーを啜った。冷たい液体が喉を潤すのが心地よい。

「あ、そう言えばさ。懐かしいついでなんだけど、セレナがレイドと会ったのも入学試験の時だったんでしょ。私はその場にいなかったから詳しくは知らないけど」

「まあね」

「聞いた話じゃ、レイドを脅迫してた悪ガキをぶっ飛ばしたんでしょ? 真っ青な顔して試験会場に走って来た子がいたから、ちょっとした騒ぎだったわよ」

「ん、そんなこともあったね」

「む〜、ちょっとは覚えてなさいよ。私がレイドと知り合った時、妙に二人が仲良くてびっくりしたんだからね? 怪しいから訊いてみても、セレナは別に、とかしか言わないし。レイドは何も言ってくれないし。いい加減、何があったか詳しく吐きなさいよ」

 セレナは疑問に思いながら、首を傾げた。
 フェーネに聞かれても、特に問題のあることなどなかったと思うのだが。
 セレナがレイドと出会ったのは、フェーネの言う通り入学試験の日のことだった。フェーネが去っていった後、校舎裏で脅迫されていたレイドを助けただけの話。確か、レイドの一族関連のことだったか。そういえばあの時も、レイドは自分でも状況を打開できたはずなのに手を出すことはなかった。つくづく面倒な性格をしていると思う。

「別に何もないけど?」

「やっぱ、何も言わないんだ! はぁ・・・・・・もう諦めるわよ。でもいつか話してもらうんだからね」

 気になるのになと呟きながら、フェーネは横目で未練がましくセレナを見つめる。そんな風に見られても、セレナには特に喋ることはない。
 しばらくすると、本当にフェーネは諦めたのかセレナから視線を外して、一回大きく伸びをした。

「あのね、ちょっと話変わるんだけどさ。もう少しで正式に召喚師になるにあたって、一個頼みたいんだけど。聞いてくれない?」

「出来る範囲なら」

「こういう時は何でも言え! とか言えないわけ?」

「嘘は言わない主義だからね。で、何?」

「私が召喚師になろうと思った理由、前に教えたのって覚えてる?」

 入学当初、セレナとフェーネはよく喧嘩をしていた。とはいえ、セレナにその気はなく、フェーネがセレナの主義主張が気にくわなくて文句を言っていたのだけれど。ある時和解して以来、今のような関係がずっと続いている。その時、フェーネはセレナにだけ召喚師になりたいという、両親にも幼馴染みにも言っていない理由を告白した。
 それはある意味、ありふれていた。ただし、純粋にそう思って召喚師になる者などほとんどいないというのが実情だと言える。大抵は金や召喚師の特権目当てだ。

「覚えてるけど、それが?」

 人々を守りたい、助けたい。まるで懇願するかのような表情で、フェーネは言っていた。切羽詰まっているかのようにも見えたが、それは優しい表情だったと覚えている。
 フェーネの魔法はその願いに直結している。フェーネの使う召喚術も法術も、基本的に仲間の補助や回復に重点を置かれているからだ。

「法術師と、召喚師は違うのよ」

「ま、そうだね」

「使ってる魔法の種類や仕組みについて言ってるんじゃなくて。私が法術師じゃなくて召喚師を選んだっていうのは」

 フェーネは言葉に詰まった。フェーネが言い切るまで、セレナは横槍は入れない。
 召喚師とは、召喚師連盟に属する召喚術を行使する者のことだ。およそ千年前の『世界救済』でイリステンドに与えられた、魔法の一種。他の種族には使えず、イリステンドのみが使うことが出来ると言われる召喚術は、千年経っても誰にでも使えるようになったとは言えない。貴族専制の召喚師業界では、平民が召喚術を習うことは出来ない。故に、平民は千年前からずっと変わらず、無力なイリステンドなのだ。
 一方、法術というのはイリステンドだけが使えるという点では同じだ。この魔法も『世界救済』の時、神子セレネーデが創始者として知られている。こちらは平民にも普及している方だと言える。というより、法術を使えるのは基本的には聖職者だ。それは、弱きを守り生かし、邪悪を払うという法術の特質のせいかもしれない。
 この二つの魔法の根本的な違いは、魔法の発動に契約が必要かどうか、また根本的な発動方法など様々だが、フェーネの理由にそれは関係ない。

「法術師じゃ、守れないのよ。法術師がやれることなんて、ほとんどが全て終わった後なんだもの。怪我して倒れてる人の治療とかばっかりで。戦闘に出てくるような法術師なんて少ない。法術には攻撃性のある魔法が少ないのも理由の一つだけどね。だから法術師じゃなくて、召喚師だからこそ出来ることがたくさんある。みんなを守りながら敵を打ち砕かないと、意味がないのよ。そう思って召喚師を目指してきた。
 でも卒業試験が終わって、仮に召喚師になれたとしても、私に理想だった召喚師になるための力がまだ足りてないことくらい理解してる。相変わらずセレナとレイドの足は引っ張ってるし、むしろ先頭立ってるレイドには危ない思いもさせてるし」

 戦闘でレイドが危ない思いをしているのは、レイドがなかなか本気を出さないのと、セレナ自身が二人を試しているところがあるからで、一概にフェーネのせいだけとは言えないのだが、セレナは黙っておくことにした。言ったら、何を言われるか分からない。

「強くなりたいのよ。『治癒の召喚師』は、人々に傷さえ作らせないのが理想なのよ」

 『治癒の召喚師』。それがフェーネの召喚師としての名前だ。優しすぎる、ともすれば甘すぎるフェーネらしい名前だ。ただ理想にはまだ遠すぎるけれども。名前のことで言えば、よほどレイドの『神立の召喚師』の方が似合っていない。いくら神立が雷を表すからとはいえ、『レイド』とは違いすぎている。

「詰まるところ、こんな覚悟で行くつもりだから、これからもよろしくってことよ! 迷惑かけるけど、追いつけるよう頑張るから色々教えて、ね?」

 笑ってみせるフェーネに一瞬きょとんとしたセレナは、一つ溜息をついて応じた。面倒なことは今更だ。
 これが『治癒の召喚師』であるフェーネ・フロリスらしいのだろう。良くも悪くも、それでいい。焦る必要など、彼女には微塵もない。

「あまり焦らないようにね」

 今日、二度目の言葉だ。

「いつか、セレナをぎゃふんと言わせてやるんだからね!」

 セレナとしては、もう言わせられているような気がするのは気のせいではないと思うが、フェーネは恐らく気がついていない。
 そう思いながら、セレナはもう一度溜息をついた。


   *   *   *


 さっきのムードはどこに消え失せたのか、とセレナは目の前に広がる光景に盛大に溜息をついた。
 学校の中に唯一存在している雑貨屋は、この学校が貴族ばかりだということを考えればあり得ないほどの狭さと質素さだが、置いてあるものはかなり幅広い。貴族の生活に慣れた子供達は、最初こそぼろぼろの雑貨屋に嫌悪感を抱く者が多いのだが、次第にそれは薄れ、店員もなかなか愛嬌があるので積極的に利用する場所となっていた。教科書や参考書、必需品のインクやノートに始まり、薬や服やアクセサリーまで揃えている。しかも、それなりにブランドものまである。注文すれば何でも大丈夫というたくましい店だ。
 家から贈ってもらうか行商人に来てもらう以外には、この店で購入するしかないので、僻地の学校では当然の措置と言える。

「ね、いいでしょ♪ カシスぅ♪」

「いえ、これ以上は譲れません」

「ちょっとくらい、いいでしょ? ね、カシスちゃん♪」

 とびっきりの甘え声を作りながら、フェーネは自分よりも年下の少女へ食ってかかる。カウンターで応戦する店員のカシスは笑顔を引きつらせながらも、声は店員の声のままで応対していた。気の毒だと、セレナは横目でその様を眺める。
 これも一種の名物となっている。つまり、フェーネの値切りの戦いだ。
 フェーネは他の貴族と比べると貧乏なせいか、親の教育方針なのか、仕送りがそれほど多くはない。必要な文具品をかろうじて買えるくらいのお金が故郷から送られてくる。しかし、欲しいものが多い上に買い物が趣味のフェーネにそれは耐え難いことであって、故に至った行為がコレだったのだ。
 これもまた田舎貴族と言われる所以である。

「ダメです、いつもいつも! 今日こそは負けませんから!!」

 カシスの方も文具品に関してはどの生徒にもある程度値段を下げている。特に、上級貴族でない相手などには割安で提供するように店長にも言われている。ただ、フェーネの場合はどんな商品に対しても容赦なく値段を下げようとするために、この頃は赤字寸前になることもあるくらいだった。仕入れ先である商業中心都市と学校との距離を考えれば、元々キリキリの値段で売っているのである。

「だって、高いわよ?」

「そうです。だから、普通に払ってください。どうしても必要ならともかく、フェーネさんの買う物ってそうじゃないものがほとんどじゃないですか!あなたのせいで赤字寸前なんですよ?」

「分かってないわね、もうすぐ旅に出る召喚師に鞄は必需品よ。どうしても必要なものよ!」

「ちょっと前に新調したじゃないですか! しかもかなり値切って買ったんですから、今回は許しませんよ。さっきも言いましたけど、あなたのせいでうちは赤字寸前にまでいったことがあるんですから。今までの分を少しくらい返済していただいても、罰は当たらないはずです!」

「いい、カシス? よーく、聞くんだよ? 私はね、もう少しで正式に『治癒の召喚師』、フェーネ・フロリスになるんだよ? 今みたいな見習いですらない学生じゃなくてね、ホントになるんだよ? そして、待っている任務は」

「まあ、世界見聞の旅ですね。世界を回りながら見聞を深め、実力を付ける。そして、王都の闘技大会でブロックベスト8に入れば上位召喚師ですね・・・・・・・それがどうかしましたか?」

「そう、世界見聞の旅! その世界見聞で、イクセリオン全土に! この学校の敷地に小さくも健気に活躍するカシスちゃんを宣伝してあげる。そうすれば将来安泰よ! フェーネさんありがとうって、拍手喝采すること間違いないわ。こんな偉大なるフェーネさんを、カシスちゃんはバックアップしてくれないとでも言うのかい?」

 決まったな、という顔でフェーネはカウンターを叩きフェーネの顔を見つめる。カシスはその顔に、少しだけ圧倒された。が、急にカシスはふっと笑みの表情へと変わる。その表情にフェーネは少したじろいだ。

「甘いわ、フェーネ・フロリス。甘すぎるわ!」

 フェーネが怯む。カシスの反撃開始である。

「えぇ、確かに。合格してたら召喚師になりますね。しかし、有名でもなんでもないあなたがいくら宣伝したところで、耳を貸す人なんているわけないでしょう? あなたに耳を貸す人が現れるくらいに有名になれるんだったら、まず値切った分返済してもらいます! それとも、値切りの召喚師で有名にでもなるつもりですか。とにかく払ってから、物を言いなさい!」

 今度はカシスがカウンターを叩き、決まったなという表情になる。どうでもいいが、至極正論だ。
 セレナはかごの中にたくさんのものを入れて、フェーネの後ろで様子を眺める。もう、入学してからずっと繰り広げられ、日々レベルアップしてるかよく分からないこの戦いに呆れと感慨まで覚えるほどだった。いつもいつも本人達の真剣さから考えられないくらいどうでもいいことで問答をしている。

「まあ、セレナさんとレイド様は有名になるかもしれませんけどね。フェーネさんは知りませんよ?」

「うっ」

「むしろフェーネさんが足を引っ張らないかが問題なんじゃないですか?」

「カシス、お勘定お願いしていい?」

「あ、は〜い。分かりました」

 ぱっとセレナを見た瞬間、いきなり声色が変えてカシスは勘定を始める。セレナはノートやインク、薬草等と色んなものを買っていた。セレナは面倒くさがり屋なので、まとめ買いが多い。逆にフェーネは細々と何回も来る。その度にこうして値切り買いをしているのだが。

「ん、それもお願いしていい?」

「分かりました。一つくらいでしたら、サービスしますよ」

「ん、いいの?」

「ええ、いいですよ」

「ありがと」

 セレナはかごごと受け取り、出したお金のおつりをもらう。そんな光景を、フェーネはずっと見ていた。
 フェーネへの態度とは打って変わり、にこにこと自らサービスを申し出るなんて。日々苦しくなるフェーネの財布事情をカシスが知らないわけがないだろう。それなのになんだろうか。この差別、この待遇の違いは。

「ずるい、ずるいよ。私には今まで一つもサービスしたことないじゃんか!!」

「いつも値切ってるじゃないですか! 十分サービスです。しかも、セレナさんは召喚術師連盟も一目置く超がつく程の優等生ですよ!? フェーネさんとは違って将来有望です。そんな人には、一つくらいおまけしても店長には怒られません! ご援助できて光栄に思います」

「ね〜いいでしょ。私も2000SNYは払うから」

「ダメです」

「じゃ、1000SNY」

「減ってます!」

「ね、ダメ? ホントにダメ??」

 こうなったら、フェーネの勝利は確定である。カシスはこういう最終段階のオシに負けることが多い。というより、いつもこれで負ける。第一、フェーネは値切り買いできるまで帰らないのだ。
 カシスはふっとため息をついてから後ろを向いて目を覆い、見ていないことを証明して小声で棒読みのように言った。

「もってけ、どろぼー」

「ありがと、カシス♪」

 フェーネはしっかりとお金を1000SNYだけ置くと、買った物をまとめて出口へと走った。セレナは溜め息をついて、無惨なカシスに励ましを入れる。

「いつもだけど、お疲れ様」

「結局この六年間で一度も勝てませんでした。いつか払ってくれる日って来るんでしょうか?」

「さあ?」

「うぅ、また値段下げすぎだって怒られる・・・・・・・あぁ、そうだ。セレナさん、また店のお手伝いお願いしてもいいでしょうか?」

「ん、調合? いいよ」

 少し申し訳なさそうに頼むカシスに、セレナは少しも迷うことなく答えた。
 セレナは調合が得意なのでたまに手伝う。調合学は学校で習うが、セレナの調合は薬屋が開けるぐらい知識もある上に、腕も良かった。どんなことでもそつなくこなすセレナだが、特に調合学は自分でも得意だと思っている。

「助かります」

 フェーネがセレナを待っているので、事情を説明して先に帰ってもらう。セレナが店の調合をするのはよくあることなので、フェーネもすぐに納得した。

「で、今日はどれくらいあるの?」

「ちょっと先の分まで、多めに頼んで良いですか?」

 フェーネが値切っている分の埋め合わせという意味も込めて、こうしてセレナは働いている。フェーネがそのことに気がついているかは怪しいものなのだけれど。

「物価がですね、また上がってるんですよ」

 唸るような声で言うカシスにセレナはなるほど、と頷いた。
 薬に限った話ではない。食物、衣料品、ありとあらゆる物の値段が上がっている。原因は二つ、作物の不作と増税だ。
 食物もそうだが、衣料品に使用される綿なども全体として収穫出来る量が減っている。それも年々減っているという状況で、良くなる見通しはたっていない。突発的な飢饉は今までにもあったものの、こうしてじわじわと収穫量が下がることは例がないことだ。
 それに加えて、アレクサンドリア王国の増税。魔物増加への対策、と言われている。実際に国政がどうなっているのかは知らないが、じわじわと上がる税に民は悲鳴を上げざるを得ない。特に、イクセリオンにおける商業及び物流の要である港街アラフでは不景気で街全体がどんよりとしているという。
 このような理由もあるので、元から割と高価である薬の原料も当然値上がりしている。調合師に調合してもらった薬は、そこから更に値段が上がるのだ。訓練で怪我をする生徒に出来るだけ安く薬を提供したいという、カシスの思いに世の中は真っ向から逆風を吹きかけてくる。
 薬として仕入れるよりも原料だけで仕入れる方が断然安い。原料だけ入荷し、セレナに調合してもらえれば少しでも値段が下げられるので、店は大助かりしている。原料だけなら、危険は多いけれども敷地外に出て採集するという方法もあるのだ。
 安く提供したいというカシスの思いが強すぎて、赤字寸前になった店を救ったのがセレナだった。カシスとしては、セレナは救世主に他ならない。それ以外の面でも、カシスはセレナに助けられていることが多いので、カシスはセレナをかなり慕っている。

「社会不安は尽きないですし、どうなっちゃうんでしょう」

 半分愚痴のように不安げに呟くカシスの頭を、セレナはぽんぽんと撫でた。

「魔物の増加、不作、増税だけじゃありません。アレクサンドリア王国の王子様の失踪もあります。王子様が失踪してもうすぐ五年です。昔から放浪癖のある王子様だとは聞いていますが、期間が期間なので、不安がっている人も多いです。王女様の失踪からも、もう二年になりますし」

「心配しなくても、なるようになるよ。なるようにしか、ならないしね」

 一人の人間が出来ることは、存外に少ない。結局の所、なるようにしかならないというのが現実である。

「何とか出来たら、いいんですけどねぇ」

 不安げに呟くカシスの愚痴を聞きながら、セレナは調合をする手を進めた。


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