Legend Story -the heir of the world- 

第壱章 平和な世界イクセリオン -Peace is not happiness-
 Section2 彼らの出会い


   *   *   *


 日が西に傾き、遠く地平線に消えていこうとしている。日が長い夏なので、太陽が沈むのは随分遅いが、それでも夕食の時間も半ばを迎える頃には段々暗くなっていく。暑さはまだ収まりを見せないものの、風はどことなく涼しさを帯びている気がした。それは、この地方自体が比較的寒い地域であるからかもしれない。
 カシスから頼まれた分の仕事を終え、セレナは休憩がてらに寮の屋根の上に上った。こうして屋根に登るのは校則違反だが、これはセレナの癖のようなもので、最初こそ注意されたものの、セレナでは落ちることもないし落ちても死なないという理由で、現在は放っておかれている。本来、怪我をしないようにするための校則なのだ。怪我をしないと絶対の安心を持てる相手ならば必要ないのだろう。
 屋上の風に当たりながら頭の中を空っぽにすることも、セレナには必要な日課の内の一つだった。

「・・・・・・上がってくるなら、上がってきたら?」

 ふと、セレナは少し大きめに声を上げた。戸惑うような気配が、一瞬びくっと震えて窓から手を伸ばして上ってくる。

「なんだ、やっぱりばれてたのか」

 さらさらとした金髪を風に揺らしながら、レイドが苦笑する。
 気配でも十分レイドだとは分かっていたが、あの鮮やかな金髪が見えたらまず彼に間違いはないのだ。通常のイリステンドが茶髪であるのに対して、綺麗な金髪が珍しいという意味もあって、レイドは女子から散々騒がれている。フェーネも、昔はきゃあきゃあとはしゃぎながらレイドを見ていたものだ。

「セレナには敵わないな」

 ふっと笑う様子は、恐らくセレナが相手でなければときめきを覚えるようなものだったのかもしれない。夕焼けに映える金髪も綺麗だとは思う。だがセレナの場合、周りにいる大勢の女子のように騒ぐ心情自体が理解しかねるのだ。綺麗は綺麗、ただそれだけのこと。
 レイドはセレナから少し離れた位置に腰を下ろしながら、息をついた。

「聞いたよ。いつもすまないな、カシスが迷惑言ったみたいで」

「別に。フェーネが値切った分の穴埋めをしてるだけだよ」

「それでも助かる。近い内にカシスも異動するから、長らく世話になったあの店に少しでも恩返しがしたいんだろう」

「ジャスティス機関の異動?」

「ああ。でも、異動先はまだ決まってないみたいだ。優秀な人材だからこそ、配属を決めるのは難しいんだろうな」

 レイドやカシスが属する一族、ジャスティス一族は『聖四王族』と呼ばれるものの一つである。
 『聖四王族』というのは、千年前の世界救済が行われた時に中心となって活躍した英雄達の末裔のことだ。守護の『ジャスティス』、統治の『アレクサンダー』、魔女の『ルーテル』、救済の『イクセリオン』、全部で四つあるので聖四王族と呼ばれている。平民、貴族という身分とは『聖四王族』は別格の扱いとなっている。だから、レイドも身分上は平民だが、貴族以上の身分のように見られる。
 『聖四王族』は千年経っても尚、大きな影響力を持っているのだ。
 とはいえ、それぞれの勢力の有り様は様々だ。『アレクサンダー』は王国を築き、現在はアレクサンドリア王国としてイクセリオン全体を統治している。それに比べ、レイドの属する『ジャスティス』はジャスティス機関という機関の下で各々が統制され、各地に散らばり、魔物迎撃を含めた町や村の治安維持活動を行う。
 この二つに関してはこのイクセリオン全体に影響を及ぼしているのに対して、他二つは違う。『ルーテル』に関しては何処かに隠れ住んでいるという、嘘か真か分からない噂しかない。世界救済の神子、セレネーデの子孫に当たる『イクセリオン』は今は存在するかもよく分からない状態だ。

「で、レイドは異動とかするわけ?」

「え?」

 そう訊かれるとは思わなかったと、レイドの顔は驚いたような、呆けた顔をしていた。
 カシスはセレナ達より二歳若いのに、それなりの剣術の才を見せていることと頭脳的にも本来なら上級学校に行けるほどの成績を持っている。よって、ジャスティス一族のなかでは優秀な人材として扱われているが、それはレイドにも言えることだった。
 召喚術師学校はイクセリオン最高峰の上級学校の一つである。その中で二位を取り続けたレイドが勿論頭脳的に問題があるわけない。加えて、強さが全てというジャスティス一族で、レイドは甘いところがあるとはいえ、群を抜いて強いことはセレナも知っている。

「カシスが優秀だっていうのは認めるよ。けど、レイドはそれ以上のものを持ってるでしょ。ジャスティス一族が野放しにするなんてあり得ない。そんな人材が召喚師になるなんて、本家が認めないんじゃない?」

 セレナの言葉に、レイドは図星なのか、ぐっと唾を飲んだ。

「いつまで、ごっこを続けるつもり?」

「ごっこ、なんて言い方は酷いな。それは君だって同じはずだろ? 初めて会った時にはもう、君の魔法は完成されていたじゃないか。今更ここで学ぶ必要なんてなかった」

 今日はやたら六年前の話が出るなと思いながら、セレナは溜息をついた。


   *   *   *


 筆記試験を終えて昼休みとなると、次々と試験会場は一斉に騒がしくなった。がたがたと音を立てて退席していく受験生の向かう先は、学校の食堂だ。
 貴族ばかりの受験生の中で、レイドは明らかに異色だった。通常イリステンドは茶髪なのに、レイドは目立つ金髪のせいで、朝からしきりに声をかけられたり視線を集めたりしている。レイドにとって一番難関であった午前中の筆記試験が終わる頃には、心身共に疲れ切っていた。
 貴族ばかりが集まるという場所は、ただでさえ息が詰まる。貴族という身分の人間には出来るだけ干渉したくないというのが本音だった。
 試験会場である教室からは次第に受験生の姿は見えなくなり、残っているのは雑談をしている僅かな人数だけとなった。

「本当に嫌になる」

 誰にも聞こえないように、レイドは机に突っ伏して呟いた。そして、おもむろに長くなっていた前髪を一房摘み上げて眺める。
 見事な程に、疑いようもなく金髪だった。ジャスティス一族は皆金髪に水色の瞳が特徴的ではあるが、自分はあまりにも極端に見える。本家の方が金髪の色が濃くなり、分家になっていくほど茶髪が混じるようになるのだが、鮮やかすぎるほどの自分の金髪は見る度にうんざりするのだ。
 他人から見れば綺麗なのかもしれないが、この容姿のせいでやたらと目立つ上に、他人とは同じ生き方をすることが許されていないと嘲笑われているような気になる。

「・・・・・・カシスの所に行くか」

 一人で落ち込んでいたところで仕方がない。今更、この金髪と水色の瞳をどうすることも出来ないのだ。
 食堂に行ったところでまた珍獣を見るような目で見られることは分かりきったことだった。それならば、雑貨屋で手伝いをしている同じ一族のカシスの所で昼食をとった方がいい。昼休みまで精神を疲労させたくはなかった。
 レイドは教室を後にして、階段を降りて外に出ることにした。位置的に中庭を通って外庭に出て、雑貨屋を目指した方が良さそうだ。
 中庭に入るところで、後ろからつけられているような気配がした。まさか自分が剣の名門一族の出だと分かっていて喧嘩を売る馬鹿はいないだろう。何か用事があるなら、相手は貴族ばかりなのだから、声をかけてくるのが普通だ。つけられているなど気のせいであって欲しい。
 気のせいであって欲しいと祈りながら、レイドは当初の予定を変更して進路をとった。だが、それでも後ろをつけてきている気配は変わらない。溜息をつきたい気分に駆られながら、レイドは校舎を目の前にして、くるりと振り返った。

「僕に何か用でも?」

 レイドは当たり障りのない言葉を選んで、少し大きめの声で尾行者へと向かって呼びかけた。
 出てこないなら一気に撒くだけのことだ。ただでさえ下手な尾行で、相手は貴族でこちらは幼い頃から訓練を受けてきた人間と差は歴然だった。撒くなど容易いだろう。
 間もなく茂みから出てきたのは二人組の貴族だった。服装から見て、あまり上流の貴族ではないのだろう。

「ジャスティス一族の人間だとお見受けするが?」

 やっぱり一族に関係することだと分かって、レイドは心底うんざりした。そもそもそれ以外に貴族がわざわざレイドに声をかける理由もないだろうが。
 どうしようか。今からでも良いから撒くか。後ろは校舎だから、軽く勢いをつけて跳べば魔法でなんとかなる。剣は持ってきているから脅すことも出来る。ただ、貴族の小僧相手に逃げるのもなんか癪な気がするし、脅したら後々問題になる。果たしてどうしようか。

「だからな、ジャスティス一族の方だとお見受けするんだが、それは確かかな?」

 確認するような物言いだが、この容姿なのだ。分かってて訊いてるだろ、とレイドは頭を押さえたくなった。

「ああ、そうだけど」

「ジャスティス一族なら、なにかコネでもあるんだろ? 次の面接の内容だけでもいいから教えてくれないかな?」

 いい加減にしてくれと、喉まで出かかった言葉を何とか呑んだ。ジャスティス一族は召喚師を従える召喚師連盟の中にも入り込んでいて、現在の校長はジャスティス一族の一人なのだから、そういう発想に及ぶのも理解できないことではある。コネがあると言われても仕方がないかもしれない。
 しかし、剣術の訓練ばかりしていた自分が、この一年死ぬほど勉強させられたのだ。コネがあるならそんな苦労はしていない。

「コネって、そんなものない。面接の内容も知らない」

「しらばっくれんじゃねえよ。ジャスティス一族がこんなところにいる時点で普通怪しいってもんだ」

 それについては反論のしようがなかった。守護のジャスティスと呼ばれるジャスティス一族は、一族ぐるみでイクセリオントップの戦闘集団だ。召喚術など不要な程の力を持っている。自分がここにいるのはどう見ても不自然だろう。

「僕に構っている暇があるなら、次に集中すればいいだろ」

「これが次への備えだからな」

 まるで獲物を逃がすまいとする狼のようににじり寄ってくる二人に、レイドは勘弁してくれと思った。
 これが一族内の人間だったら、斬り飛ばしてやりたいところだ。第一、ジャスティス一族に対して二人程度の脅しが通用するとでも思っているのだろうか。
 思わず腰の剣へと手を伸ばして、指先が触れたところで我に返ってそれを止める。
 貴族との諍いは相手がいくら下流であっても、面倒なことになる。更に、自分が剣を抜いてしまえば戦闘の心得など微塵もなさそうなこの二人は大怪我ではすまなくなる。
 状況の打開に悩んでいる時間を少しでも稼ごうと後退っていたせいか、レイドの背中に校舎の壁が当たった。

「もう後はない。さっさと諦めろよ」

 レイドがやむを得なく剣の柄を握ると、不意に強い風が吹いた。レイドは咄嗟に片目を閉じたが、目の前には青い風が二人を吹き飛ばしている光景だった。
 あまりにも突然のことに、唖然とする。我に返ったのは、風が止んで二人組が地面を転がっているのを確認した時だった。
 青い風の正体は人間だ。ショートというよりは少し長い、自分よりも珍しいかも知れない青色の髪。背はそれほど高くはなく、レイドよりも小さい少女。後ろ姿からではどんな表情をしているのかは分からなかった。しかし、思わず唖然とせざるを得なかった。
 この子は、強い。
 幼い頃から一族の中で訓練を受けてきたのだから、ぱっと見るだけでもどれくらいの実力を持っているかは分かる。分かる、というよりは感じるのだ。その者が持つ魔力の質というものが。
 後から考えてもあの時の感覚は正しかったとレイドは思う。セレナの魔力はやはり段違いのものであったから。

「なんだ、お前は! 僕らを誰だと思って・・・・・・!」

 セレナは聞く耳を持たず、気だるげに右手を動かす。その緩やかな手の動きと、呟くように紡いだ言葉に呼応するように風が動いた。足下に具現化された魔法陣から光が溢れ、薙いだ手の軌跡に炎の弓が現れ、左手で引けば燃え上がる矢が現れる。ためらいなく放つと、二人組の足下を燃やした。

「誰かなんて興味ない。けど、早く行った方が身のためだよ」

「いっ、今のは」

「魔法は見るの初めて? というよりは、向けられたのが初めてか。一発くらい記念に燃え尽きてみる?」

 セレナの淡々とした声は普通の脅し以上の効果を二人に与えた。すっかり萎縮した二人組は体を震わせ小さな悲鳴を上げながらふらつきながら逃げていく。
 セレナは小さくため息をつきながら、壁に張り付いたままで呆然としていたレイドへと振り返った。


   *   *   *


「学ぶ必要なんてなかったっていうのは、間違いだよ。ここに来たから得られたものもあった。それはレイドにも分かるでしょ」

「ああ、分かってる」

「ただ、いつまでもこうしていることは出来ない。私達が召喚師であり続けることは難しい。そこを理解した上で召喚師として動くなら、私に文句はないよ」

「忠告してくれるのか?」

 日が沈み、辺りが暗くなってきていて見えにくくはあるものの、レイドは困惑したような顔を浮かべた気がした。

「下手にジャスティス一族にいちゃもんをつけられたくないんだよ。面倒臭い。敵対したら尚更面倒なんだから」

「セレナに面倒だと思ってもらえるだけ、光栄かもしれないな」

 レイドはぷっと吹き出して笑った。
 ジャスティス一族は現在、アレクサンドリア王国を統治するアレクサンダー一族と並ぶ大勢力である。厄介なのは全員が剣術馬鹿だということだ。変に目を付けられて、敵対しようものなら厄介なことこの上ない。それは、王国軍を持っているアレクサンダー一族ですら思っていることだ。

「僕も君と敵対したい訳じゃない。そのためにここにいるわけじゃないってことは、覚えてて欲しい。僕は僕のために、まだ召喚師を続けるよ。いつかは召喚師を辞めないといけないとは思うけど、今はまだ」

 レイドはふと立ち上がって、セレナに向き直る。

「一つ、ちょっと変なことを聞いてもいいか?」

 笑っている様子から、セレナは自分の素性といった話ではないのだろうと思った。こてんと首を傾げながら、レイドの言葉を待つ。

「・・・・・・僕は、偶に何を斬っているのか分からなくなる。相手が魔物なら尚更だけど、目の前にいるものじゃない何かを斬ってる、そんな感じがする。セレナも僕と同じのような気がするんだ。他の誰もが魔物を倒せば満足しているのに、僕らは違う何かを倒しきれないから満たされることがない。君の場合、何を見て、何を斬ってるんだ?」

 なるほど、とセレナは少し考え込んだ。
 魔物を倒していることには変わりはないのに、魔物を倒すことそのものに達成感を得られない。他の人々とは違って、魔物の討伐以外の何かを求めている。
 これはまた、訓練中に余計なことを考えたせいだろう。

「私もレイドも同じでいて、違うものを斬ってる。とだけ、答えておこうかな。これ以上教えると無意味になっちゃうだろうからね。なんなら、今度の旅の宿題ということにしよっか」

「意地悪だな。でも、同じものを見ているっていうのには少し安心した」

 それからしばらく言葉を交わして、レイドは出てきた窓から寮の中へと帰っていった。時間的にはもう少しで夕食の時間が終わってしまうので、食堂に滑り込むならばぎりぎりの時間だろう。
 セレナはあっさりと夕食を放棄することにして、屋根の上に寝そべった。一番星はそろそろ見えなくなってきている。入れ替わりに夏の星々が輝き始めているようだった。
 自分の見るもの、斬っているものについて考え始めるということは、強くなってきた証だと思う。目前で向き合っている敵以外に目を向ける余裕が出てきたのだ。自分は真に何のために、何を斬ろうとしているのか。それが分かると、その次が見えてくる。フェーネといい、レイドといい、これからの成長が期待できそうだった。
 ただ、レイドの場合はどうなるだろうか。斬っているものが『自分』だと分かった後に、自分とは違う選択をするのだろうか。
 夜の星々に月の光が加わったことを確認しながら、セレナは一度目を閉じた。


   *   *   *


 繰り返される、いつもの夢の続き。赤の光と焦げた臭い。熱さも感じない炎に、まとわりついてくる血の感触。耳障りな断末魔。
 静かに降り始めた世界の涙は、いつもはありがたいのに、今はものすごく鬱陶しい。今日はやたらと臭いが鼻につく。でも、これで良かったのかもしれない。見たくないモノを見なくてもいい。認めたくないモノを認めなくていい。けれど、やっぱり忌々しいと感じてしまう。
 空を圧迫するような鉛色はどんどん色の濃さを増していって、降り始めた雨は弱る気配を見せるどころか、より激しく地面を撃っていた。まるで何かを責め立てるかのように。
 溜息と共に力も何もかもが抜けていく。何もかもがどうでもよくなるような、そんな感覚。次第に小さくなった炎も意識の中に入らない。
 ただ、空を見上げていた。いつもと同じで、いつもと違う空が自分を責め立てるのと同じで、私もまた仰ぐ空を責めていたのかもしれない。それすらも、どうでも良くなってきてしまったけれど。

「ごめん、な、さい」

 掠れるような声で呟いた。五月蠅い雨音に掻き消されてしまいそうな声。堪えきれなくて、顔を埋めてただひたすらに謝罪の言葉を叫んだ。
 全ての元凶は自分だ。全てを壊したのも自分だ。だからといって何が正しいのか、何をすればいいのか、何が出来るかも分かりはしない。
 感情など知らないはずだった。捨てた筈だった。何も必要なかったから。何も望んでいないのだと、信じていた。
 喜びも怒りも悲しみも楽しみも、温かさも冷たさも苦しみも痛みも。そんなものは感じなくなったのは、自分にとっていらなくなったからなのだと信じていた。
 けれども、私は求めてしまった。これは罰だったのだ。望むことを許されない身で、一つの望みを抱いてしまったことへの。

「・・・・・・ごめん、私が弱かったから」

 求めることも望むことも捨ててしまおう。そうすれば、きっと。


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