Legend Story -the heir of the world-
第壱章 平和な世界イクセリオン -Peace is not happiness-
Section3 傷跡
「よ〜し、出発日和だね!」
試験から数日後、合格通知が三人の元へと届いた。これで、晴れて三人とも見習い召喚師となったのである。短い夏休みも終了し、幾つかの式典を済ませた後に、待ちに待った出発日を迎えたのだった。
フェーネは出発前夜祭という卒業生主催の宴会からのテンションを引き摺っており、一夜経っても浮かれている。そして、そんなフェーネとは対称的に、げんなりとしながら顔を曇らせているのがレイドだった。
「もう、どうしたのよレイド? 何か言いたいことでもあるわけ?」
「少しは自分で考えてみたらどうなんだ?」
不機嫌を抑えることもない声色に、フェーネは一瞬だけ身じろぎしつつも、首を傾げるばかりである。
見習い召喚師が最初に受ける任務は必ず決まっている。それは世界見聞という名の、イクセリオンを一周しながら修行することだ。学校で多くの訓練は受けてきたものの、学校では実際の任務とは大きく環境が異なる。いざとなれば助けが来るような、甘い現実は存在するわけもない。そのため、イクセリオンを一周しながら世界の情勢を肌で感じることが、最初に課せられる任務として伝統となっていた。
イクセリオンを一周するとはいっても、ノエル、ブリューネル、王都アレクサンドリア、アラフ、スノウクライスの五大都市を回ることが、任務達成と等しくなる。
この任務の最重要事項は、何を置いても王都アレクサンドリアで開かれる闘技大会にある。闘技大会は王都で毎年、星雨の月に開催されており、予選でベスト8に入れば、上位召喚師に昇格する資格をもらえるのである。
見習い召喚師が世界見聞を終えると見習い召喚師から召喚師となり、そこから功績をあげて上位召喚師となるのが普通だ。それなのにいきなり見習いから上位召喚師になれる可能性があるのだから、予選でベスト8に入りさえすれば出世は間違いなく約束されると言ってよい。
「あ〜、昨日のこと根に持ってるの? 仕方ないじゃん、アレが最後の一個だったんだから」
「それ、何のことだ?」
「最後のケーキでロメリアと喧嘩したことじゃないの? えーっと、それじゃないとしたら〜。セレナー、どうしてレイド怒ってるの?」
「面倒臭い。それくらい自分で考えなよ」
「えぇ〜?」
セレナはふざけているフェーネを尻目にレイドを見遣ると、明らかに不満と不安が混ざった表情をしていた。
闘技大会の予選ベスト8に入れば、上位召喚師になれる。だが、それは見習いから卒業している他の多くの召喚師も同じであり、また闘技大会には召喚師だけでなく腕に覚えのある冒険者や、王国軍の一部が訓練の一環として参加したりもする。その中で、一対一の戦いを勝ち抜いていかなければならないのだから、いくら予選がブロックごとに分かれるとはいえ、簡単にいかないのは明白だ。
特に、セレナやレイドとは違い、フェーネは補助や回復が専門となっているせいで、一人ではおよそ戦えないような状態である。フェーネだけ上位召喚師になれずに取り残されるかもしれないということを、本人は心配したりしないのだろうか。
「不安だ。不安すぎる」
誰にも聞こえないように呟くレイドに、セレナはそっと溜息を漏らした。レイドなりに、フェーネのこれからを心配しているのだろう。
レイドの機嫌が悪くなった直接の原因は、フェーネが今回も当たり前の如く遅刻してきたことにある。早朝に出発すれば、日が沈む頃には最初の街であるノエルに到着しただろうが、フェーネがやってきたのは昼だった。当然、セレナもレイドもフェーネを叩き起こしたり、部屋に出向いたりはしたのだが、フェーネの用意やら手続きやらが不十分だったのか、気がついたら昼になっていたという。出発を明日に回すことも可能ではあったが、明日も同じ事が起こらないとは限らないので、そのまま出発となったのだ。
レイドも今回ばかりはいい加減にしてくれとキレそうになったところを、セレナがなんとか宥めた。フェーネが班を追い出されていないのも、一重に二人の優しさ、もしくは諦めの良さによるのかもしれない。
「出発日くらいは、予定通りに来ると思っていた僕が馬鹿だったんだ」
恨めしそうに睨むレイドから、自然とフェーネは目を反らした。
「い、一応ちゃんと来たわよ? ほら、上流貴族相手とかだと普通に数時間待たされるんだから、これくらい・・・・・・」
「一般庶民の僕らにそれを適応しないでくれないか? 僕らはともかく、これから他人の迷惑になったら困るだろ」
「色々あったのよ。話せば長くなるんだけど」
「はいはい。これからは私がフェーネを引っ張り出してくるから、レイドもこれ以上怒るのはやめなよ。面倒臭い」
ふと、何かがセレナの視界に入った。セレナの様子に、二人も首を傾げながら前方を確認する。どうやら自分達と同じく旅に出発したばかりの見習い召喚師のようだった。道ばたで話し込んでいる三人組は男子二人に女子一人という組み合わせで、なんとなく見覚えのある顔ぶれだった。それと同時に嫌な予感がする。
セレナ、レイド、フェーネの順で三人組の正体を把握すると、先程とは打って変わって無言で顔を見合わせる。セレナは溜息をつき、レイドは顔が引きつった苦笑いを浮かべ、フェーネに至ってはあからさまに顔を歪めた。関わると面倒だというセレナの判断に、二人は一言の異論も唱えずに、素通りを決行する。
無言のままで早足で通り過ぎようとするセレナ一行に、誰かが声をかけたような気もしたが、徹底的に無視をして足を進めた。
「貴様らぁぁっっ、無視をするなぁぁぁ!!」
通り過ぎて数秒後に案の定、後ろから怒声が飛んできた。予測通りの反応にセレナはもう一度溜息をつきたくなったが、後ろから襲いかかる火の玉を跳躍して躱す方が優先だ。
まるで後ろに目がついていることを疑いたくなるくらい絶妙なタイミングでの跳躍に、レイドもフェーネを庇いながら舌を巻く。火の玉はそのまま何にも当たることなく空中で霧散した。
一方、魔法の力も手伝って高く飛び上がったセレナは、どうしようか考えながら宙返りをする。考えた末、セレナは空中でバランスをとりながら空を蹴り、怒声を発した赤毛混じりの茶髪の背後に跳び蹴りをお見舞いして、着地した。魔物相手にするようなそれではなく、弱い一撃だったのだが、油断していた少年は間抜けな声と共に前のめりに倒れる。
「背後からの攻撃は宣戦布告と見なしても構わないのかな、ゼノン・アポステリオリ?」
「相変わらず癇に障る奴だな、セレナ・ヘルウェンディ。第一、無視したのはそっちであろう!!」
「おい、の一言で立ち止まる方がおかしいでしょ」
「なんだと!」
思いっきり前のめりに倒れ、顔を軽くすりむいたゼノンが必死に抗議する姿に、セレナは呆れながら反論する。それを隣にいたディアは何が面白いのか、笑いをこらえていた。
何が面白いのかは誰にも分からない。
あまりにも失礼な己の騎士に、ゼノンは顔をしかめて拳を握ったが、ディアは拍手までする始末だった。
「いえいえ、お見事でした。流石、セレナさんといったところですか」
「ん、それはどうも」
「ディア、貴様はどちらの味方だ!?」
「俺はゼノン様の味方のつもりですが、それが何か?」
しれっと言うディアは実に愉快そうである。吠えるゼノンに、うるさいこのお馬鹿と叱るロメリアを見ると、ゼノン班にリーダーの味方はいないようだった。
遅れてフェーネとレイドもセレナを追いかけてくると、ロメリアは即座に高笑いを始める。これも何が面白いのか、セレナには理解不能だ。
「あーら、フェーネ・フロリス。いたんですの? 私に宣戦布告でもしに戻っていらっしゃったんですのね? 私は優しいのでそこまでおっしゃるのなら、受けてあげてもよろしいですわよ?」
「何言ってるんだか。一言もそんなこと言ってないし、むしろロメリアなんて眼中にないのよ! でも、ロメリアが私とどうしても勝負したいって言うなら、付き合ってあげても良いけどね」
「なんですって〜?」
「何よ、くるくる!」
「誰がくるくるですって!?」
急に騒がしくなった一同を何とも言えぬ顔で眺めているのが、レイドとディアだった。とは言っても、騒いでるのは三人だが。
ふと溜息をつこうとしたレイドは、僅かな殺気を感じて息を呑み込む。
「あなたたちがここまで出発が遅いのは、想定外でしたよ。そんなに俺達って嫌われてましたっけ?」
「時間については僕も想定外だったよ。でも、何も僕らを待っている必要はなかったんじゃないのか?」
「こちらから丁寧に挨拶申し上げたいという心遣いでしたのに?」
「それはご苦労だな」
ディアの顔は笑っているが、腹がたっていることは誰にだって分かる。ディアもレイドも無意識に剣を握りながら、少しずつ距離をとりながら牽制した。
まさに一触即発といった様子を見ながら、セレナは溜息をつく。落ち着いているように見えて、すぐに剣を合わせたがる剣術馬鹿達がこの中では一番タチが悪い。まともに話を聞いていないことが分かると、ゼノンが余計に声を荒立て始める。
「おい、聞いているのか!?」
「ん、そうだ」
ゼノンの話など一切無視して、セレナはわざと大きく一つ柏手を打った。突然の音に、ゼノンだけでなくフェーネやロメリア、レイドやディアもセレナに注目する。
「とりあえず、決着は王都の闘技大会でつけようか。闘技大会はどちらにせよ一対一だから、その方が手っ取り早いし。それまでに実力もつければいいでしょ」
「対戦相手になるとは限りませんわよ?」
ロメリアの反応はもっともだろう。フェーネはあんたなんか眼中にないと、主張し続けるが無視する。
「対戦相手になるまで上に上って来れないなら、その程度の実力って事でしょ。上ってくる自信がないなら、最初から勝負なんて挑まないで欲しいし。私達三人は全員上位召喚師になるから、そこまではゼノン班も上がってきなよ」
「なるほど。大衆の面前で決着をつけるということですか、これはなかなか面白いですね。でも、本当にいいんですか?」
微笑みながら尋ねるディアに、セレナは何か問題でもあるのかという具合に首を傾げる。フェーネとレイドが抗議しようとしているが、声には出さないので気にしない。
しばらく視線が合ったままのディアは、にらめっこに負けたかのようにいきなり笑い始めた。
「本当に貴方はいつも面白いことを言う。闘技大会で争うことの意味を考えた上で、ですか」
「文句があるとでも? いい加減に決着でも何でもつけて、こういうやりとりをしたくないんだよ。まったくもって、面倒臭い。それに、そっちは馬があるから今日の夜にはノエルに着くかもしれないけど、こっちは歩きだからあまり時間をとりたくないんだけど?」
「それは失礼しました」
ディアの言葉についていけないのか、ゼノンが呆然としながら置いてけぼりをくらっている。そのゼノンの様子にもディアは笑いながら、ゼノンとロメリアの二人を近くに繋いでいた馬へと誘導する。
元々由緒正しき貴族が集まったゼノン班は、街道を歩いて王都まで向かおうなどとは考えの中にもないのだろう。短期間の夏休みで、学校まで馬を手配していたらしい。
ずるいと騒ぎ立てるフェーネにロメリアが怒鳴っている。
「それでは失礼します。闘技大会を今から楽しみにしていますよ、レイド」
「お手柔らかに頼むよ」
「精々腕を上げておきなさい、フェーネ・フロリス」
「それはこっちのセリフよ!」
ディアが馬を走らせると、後を追うようにロメリアも出発した。
「いいか、セレナ・ヘルウェンディ。絶対に僕が上だと証明してみせるからな!精々首を洗って待って・・・・・・」
「はいはい。置いて行かれないように、さっさと行きなよ」
セレナの態度が気に入らないのか、ゼノンは何か言いたいような顔をしていたが、このままでは追いつけなくなりそうなので、そのまま馬を走らせて行った。
闘技大会で争うと言うことは、大衆の面前で決着を付けるということ。つまり、それは今までのような学校内の子どもの争いでなくなるということを意味する。学校内で適応されている決闘法は存在しない。もしセレナ班がゼノン班に勝てば、ゼノンのアポステリオリ家を筆頭に有力貴族の面目を平民が潰すことになるのだ。フェーネは中流貴族だが、それでも下克上に変わりはない。
加えて、上位召喚師になると宣言した件。セレナやレイドはともかくとしてフェーネには不安があることをディアは察知していたのだろう。
「で、さっきのどういうことだったの?」
ゼノンと同じように首を傾げるフェーネに、レイドは口を濁しながら説明する。
「ま、フェーネはまず予選ブロックのベスト8に入ることを考えてればいいよ。あと二ヶ月ちょっとで」
「二ヶ月?えーっと・・・・・・あ、そうだった〜!!」
今になって、問題が間近に迫っていることを知ったフェーネの声は、辺りの森中に広がっていた。
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