Legend Story -the heir of the world- 

第壱章 平和な世界イクセリオン -Peace is not happiness-
 Section3 傷跡 


    *   *   *


 五大都市の内の一つ、第五都市ノエル。農村から始まったこの街が、大都市の一つとして数えられるようになったのは、わりと最近のことである。
 農村が集まるこの地域の中心となり、農産物をまとめて他の町へと輸出したり、旅人を歓迎する宿場を用意したりして発展してきた。こつこつと続けていた努力が実り、都市の仲間入りを果たすことが出来たのも、現在市長を務めるフロリス家の功労だろう。そして、フェーネはその家系に生まれた一人娘である。
 イクセリオン全体で農作物の収穫の時期が迫っているせいか、農業が盛んなノエルはこの時期が一番活気に満ちているのかもしれない。王都やアラフのような賑わいではないものの、精霊祭に向けて祝いの準備が進められている様子が見て取れる。
 こののどかな街がフェーネの自慢でもあった。
 セレナ達一行は昼過ぎにノエルに到着すると、出身者であるフェーネの案内で街中を歩いていた。舗装された石畳の上を歩きながら街並みを眺めると、店や宿が並ぶ通りもあるものの、住宅街には畑のある一軒家が多いのが、農村から発展したノエルならではの光景だろう。

「フェーネ、こっちでいいのか?」

「いいのいいの。今、うちに案内してもお父さんがいないんだよね。時間もあるし、一回寄っておきたかった場所があるから、ちょうどいい感じ」

 ノエルの貴族といえば、中流貴族のフロリスしかいない。都市に認定されたばかりのノエルは、貴族達にとって田舎のイメージが色濃いのである。加えて、王都から距離があることも貴族が遠ざかる原因だ。住んでも利益がないというのが、本音だろう。
 よって、街で一際目立つ大きな屋敷がフェーネの実家であることは、セレナもレイドも知っている。しかし、家が大好きなはずのフェーネは故郷に帰って来るなり、知り合いへの挨拶もなければ実家へ戻ることもなく、町外れへと迷いなく向かっていた。
 目的地を訊いてもとっておきの場所、としかフェーネは答えないので、二人はどこに向かっているのかも分からないままに歩を進める。
 やがて綺麗に舗装された道もなくなり、小さな門をくぐって完全に街の外へと出てしまったところで、ようやくフェーネは目的地を指さした。

「フェーネが案内したかったのって、あれか?」

「その通り。ちっちゃい頃の思い出の場所でね。しばらく近寄ったりもしなかったんだけどさ。晴れて召喚師として旅立つんだったら、良い機会かなーって思ってね」

 木の階段が設けられた丘を登った先には、少し古そうな小さな木造の見張り台が建っている。長いはしごを上った先は恐らく、結構な高さになることだろう。あまり丈夫そうではない見張り台は、二人ならまだしも、三人で登ることは出来ないだろう。

「昔からノエルでは、当番制で子ども達が順番にここで見張りをすることになってたんだけどね。まあ真面目に見張りしたのなんて、ほとんどなかったわね。いっつも遊んでばっかりで、気がついたら日が沈んでるから。逆に帰りが遅くなって、怒られたりしたっけ」

 ノエル唯一の貴族であるフロリス家のフェーネは、子どもの頃から肩身の狭い思いをしてきた。街で遊んでいると大人からも子どもからも、何かしら声をかけられたり、妙な視線を受けることになる。貴族という身分の重みが、貴族などいくらでもいる王都などとは違い、ノエルでは酷く重いものだった。それがフェーネにとって、うざったくて仕方なかったらしい。

「一人だけど私と遊んでくれる幼馴染みがいたの。一緒にここで秘密基地を作ったりなんかもして、よく遊んだのよ。ここには当番の子どもくらいしか近寄らなかったから、誰かに身分のことで何かを言われる心配もなかったのよね。当番なんて面倒だっていう子を見つけては、率先して当番を代わってもらって、ここで遊んでたわけ」

 丘の上まで上ると、歩いてきた街道やこの辺り一帯を覆っている森がよく見える。丘自体もたくさんの草花が咲き乱れ、春は昼寝にもってこいとのことだ。見張り台に上れば、より一層の絶景が拝めることだろう。見張り台から見る夕日は一押しだと、フェーネは熱弁する。
 フェーネの故郷自慢を聞きながら、セレナとレイドは内心複雑な心境でもあった。

「それにしては、最近この辺に人が来た気配とかがないような気がするんだけど?」

「ちょっと前に、見張り制度自体がなくなっちゃったからね。だから、子どもも寄りつかなくなっちゃってるんだと思う」

 フェーネは少し寂しそうに見張り台を見上げた。
 小高い丘の上を風が撫でる度に草花がさらさらと音を立てながら波打つ。綺麗でありながら、今のフェーネの様子を見るともの悲しい風景にも見えた。

「いや、誰か来てるみたいだ」

「へ?」

 レイドの声でフェーネは咄嗟に後ろを振り返った。走り出すフェーネを追って、セレナも階下を確認するとレイドの言う通り、人影が一つこちらに向かってきている。

「おーい、見張り台は関係者以外立ち入り禁止だぞー!」

 若い男が声を張り上げる。セレナとは違い少し濁った色の青髪と、イリステンドの一般的な鳶色の眼をもつ男だ。恐らく、年齢は三人よりも上だ。少し汚れた作業服を着ていることと、腰にロングソードをさげていることから見て、鍛冶屋か何かだろうか。
 男は一行の姿を確認すると、小走りで階段を登ってくる。その様子を、フェーネは驚いた顔で見ていた。まるで、何かまずいものに見つかったかのように。

「まさか、嘘でしょ」

「フェーネの知り合いか?」

 呆然と呟くフェーネに、セレナはレイドと顔を見合わせて首を傾げた。すると急に我に返ったのか、フェーネは急に慌てながらセレナの後ろにしゃがんで隠れ始めた。

「どうかした?」

「いいからいいから! 私のことは気にしないで、適当に流しといて」

 訳が分からないセレナは、隠れるためにセレナの影へと入ったフェーネを目を細めながら眺める。隠れたといっても、様子を窺うためにこっそりと前方を覗いていてはポニーテールがしっかり見えてしまっているのだが。
 隠れるならば見張り台の影の方が良かっただろうに。

「もしかしてそこにいるのは、フェーネか?」

 努力も虚しく、一瞬にしてばれてしまったフェーネは見つかるとびくっと身体を震わせて、再度セレナの影に隠れる。もはや抵抗しても意味はない。
 男は神経質そうな顔つきではあるが、フェーネに対して悪意を持っているようには見えなかった。フェーネの話から彼女の微妙な立ち位置からすると、あまり良い印象を持っていない人も多いだろうが、声の調子から見てもこの男は違うらしい。三人よりも年上だろうということは成人であるということなので、昼間のこの時間帯に街に住んでいる大人がここに来ていることは気にかかるが。
 事情は呑み込み切れていないが、何にせよフェーネの知り合いであることは間違いなさそうなので、セレナは隠れているフェーネを容赦なくつまみ出した。

「あ、ちょっ、セレナ!」

 わたわたとするフェーネを前に引っ張り出すと、見上げたフェーネの視線が男の視線がぶつかる。

「ア、アクラ。ひ、久しぶりー・・・・・・みたいな」

「お前、ここ数年顔すら見せないで一体何やってたんだよ。手紙すら来ないし、一応心配してたんだからな」

「えーっと。それはー、忙しかったというかなんというか」

 目を反らしながらしどろもどろになるフェーネに、訝しそうなアクラは笑いながら、変な奴だなとからかった。
 男はアクラ・ファルドゥームというらしい。三人よりも三つ年上なので、十九歳である。フェーネの幼馴染みであり、先程の話にも出ていたフェーネが遊んだという友達だ。ノエルで鍛冶屋の見習いとして修行をしているらしく、この見張り台には気が向いた時に訪れているらしい。

「まったく、迷惑ばっかりかけてるんじゃないだろうな。猫被ってるようでいて、抜けてるトコばっかだし」

「なによ、あんたに言われたかないわよ!」

 急に立ち上がったフェーネと見下ろす体勢だったアクラの頭がぶつかった。一瞬目を回してうずくまった二人だが、すぐに立ち上がると途端に追いかけっこを始める。じゃれ回る二人に、セレナはレイドと顔を見合わせながら一つ溜息をついた。
 それにしても。アクラの言葉によれば、アクラはフェーネと数年会っていないとのことだ。しかし、ノエルが学校から近いこともあって、フェーネはほとんどの長期休暇に里帰りをしている。卒業試験のためにここ最近は帰っていなかったかもしれないがが、それでもかなり頻繁にノエルを訪れていたはずだ。王都に実家がある貴族がほとんどなので、ここまで里帰りするのは、特別な事情のあるレイドを除いてフェーネぐらいのものだろう。それなのに、唯一の遊び友達であり幼馴染みのアクラに、フェーネが顔も合わせず、一切の連絡を絶っていたというのはフェーネらしくない気がする。
 追いかけっこが一段落したのか、二人は息を切らしてセレナ達の元へと戻ってきた。

「連絡がなかったことはこの際置いておく。一応は元気だったみたいだからな。そろそろ、その格好の理由を説明してもらおうか」

 息を整えた後に切り出したアクラの声は、先程までフェーネとじゃれ合っていた人間とは思えないほどに冷めていた。睨むような強い視線に、フェーネはまたもや目を反らしながらうなり始める。

「お前、法術師になるためにノエルを出るって言ってなかったか? そのために王都の大聖堂に行くって。なのに、なんで召喚術師学校の制服を着てるんだ?」

「・・・・・・ごめん」

「召喚師がどんなやつらか、俺はずっと言ってたよな。忘れてましたとは言わせない。お前がここを出てったのは、あの直後だったんだからな」

「分かってる」

「分かってねぇよ」

 鬼気迫るアクラに対して、フェーネの対応は静かだった。ひたすらに相槌をうちながら謝るばかりで、その態度が逆にアクラの怒りを増長させている。

 妙だと思った。フェーネは法術師でなく召喚師を目指した。力ある召喚師を目指した事には彼女なりの理由があり、普段の彼女ならその理由を以て反論するはずだ。
親しい相手なら尚更だった。それなのに黙って言われるがままにしているこの状況は何なのか。

「どんなに召喚術が恐ろしいか。召喚師がどれだけ非道か。俺は散々話した。それをお前は分かってくれてたんじゃないのかよ。あいつらがどれだけの人間を殺した? それなのに、みんなを助けるために法術師になるなんて嘘ついて。俺に隠しまでして、そんなに人殺しになりたかったのか?」

 フェーネの答えはない。いらいらとするアクラの握りしめる拳が、痛々しさを孕んでいる。
 そんなアクラから感じるのは、召喚師に対する並々ならぬ憎悪だった。親の仇を見るような目は召喚師の内情を聞き知ったくらいでは、見せることは出来ない。
 セレナの頭に『反乱戦役』という言葉が思い浮かんだ。近年で召喚師が恨まれるような大事件はそれしかない。
 SE2142年、今から十三年前に民衆によるアレクサンドリア王国に対する反乱。これを反乱戦役と呼んでいる。アラフ地方の集落を中心としたこの反乱は、すぐに鎮圧されるかと思われていた。アレクサンドリア王国で反乱が起こるのは稀にあったことで、小さな反乱ばかりで一月も持たずに終わりを向かえている。しかし、後に反乱戦役と呼ばれるほどに、反乱は王国の予想を大きく裏切り長期に渡って激しくなった。王国軍だけでは鎮圧することができなくなるまで激化し、やむを得ず召喚師連盟も介入した。遂には、王国軍と召喚師連盟が連携して周辺集落に住む民衆の無差別殺人まで及んだ。史上最悪の反乱は、一年以上続いたという。
 アクラがこの反乱の関係者だとしたら、親の仇という表現に間違いはない。
 現在に至るまで、召喚師は貴族の象徴だ。庶民にとって召喚師という職業は貴族への成り上がりと同義である。故に召喚師の貴族は総力を挙げて、代々子どもを召喚術師学校に送り出すのだ。召喚師は貴族の特権と考えられるのも無理はない。よって、庶民にとって召喚師は憧れの対象なのだ。その一方で、反乱戦役は庶民が召喚師への疑問を抱く出来事となり、この惨劇から召喚師を批判する声が多くなった。

「それを承知で、フェーネは召喚師になったわけでしょ?」

 セレナは溜息をつきながら、怒鳴るアクラを制止した。いきなり割って入った部外者に、アクラは不快だという態度を隠しもしない。
 こちらもその程度で退く気はないので、おあいこといったところだが。面倒臭いが、フェーネのためにもそろそろどうにかした方が良さそうだった。

「なんだよ、あんた」

「フェーネはもう私の班のメンバーだし、過ぎた口出しはやめてもらいたいんだよね。幼馴染みであっても、フェーネの選択にとやかく言う権利はないでしょ。言いたいことが済んだなら、そろそろお引き取り願おうかと思って。フェーネもこんな状態だし」

「人殺しの癖に口が達者だな」

「それが?」

 まさに拍子抜けといった様子のアクラは、言葉を失った。人殺しと言ったことに対して何も躊躇いもなく肯定したことが、アクラには予想外のことだったようだ。そんな彼がフェーネへと視線をずらしてもフェーネに反応はない。

「誰かを否定することは殺すことと変わらない。そういう意味で、あなたは召喚師であるフェーネを殺そうとしている。私はそれを止めようとしているだけ。召喚師が人殺しだっていうのは否定しないけど、あなたも同類でしょ」

「どういう意味だ」

「物理的に殺すか、精神的に殺すか。私にはそれだけの違いのように見える。私は後者の方が、よほど残酷だと思うけど?」

 反論はなかった。沈黙のまま向けられている視線に堪えきれなくなったアクラは負けを認めたのか、そのまま背を向けて街へと戻っていった。舌打ちをする様子がいかにも子供っぽく、セレナもやれやれと溜息をついた。
 その一方で、呆然とアクラの後ろ姿を見ていたフェーネは、アクラが見えなくなると途端に腰が抜けたようにうずくまる。頬には一筋の涙がこぼれ、ここにはいない人間への謝罪を繰り返す。まるで懺悔のようなそれに、セレナはまた溜息をつきたくなった。
 そんなフェーネに、心配そうに見ていたどうするべきかと目が泳いでいたレイドは、タオルを差し出すことくらいしか出来なかった。

「大丈夫か、フェーネ?」

「ごめん。気にしないでいいの。分かってたことだから。まさか、会っちゃうなんて思ってなかったけどね。いきなりだったから、意味不明だったでしょ? セレナもわざわざ庇ってくれて、ありがとね」

 無理矢理笑いながら、フェーネはジャケットの袖口で涙を拭う。拭った後から溢れ出す涙に困惑しながら受け取ったタオルに顔を埋めた。


   *   *   *


 それからフェーネが落ち着くまで、階段に腰をかけながら風に当たっていた。交わされる会話もそこそこで、一言口を開いても宙に霧散するように形にならない。
 セレナもレイドもわざわざフェーネから聞き出そうなどとは思っていない。フェーネが話したいと思わなければそれで良いと思っていたし、口にはしないが、そこそこの時間になったらフェーネの実家、もしくは宿をとって休もうという認識だった。
 しかし日が沈みかけ、少しずつ夕日が辺りを赤い光が包む頃になって、フェーネはフェーネ自ら聞いて欲しいと口を切った。

「反乱戦役って、二人はどれくらい知ってる?」

 予想通りの単語にセレナはもちろん、レイドも驚かなかった。

「SE2142年、クリステル山脈東部アラフ地方で起きた反乱。死者は反乱軍と王国軍、無関係の人々も含めて数万人っていわれてるわ。私たちが三歳くらいのときだったから、あんまり記憶にないかもしれないけど。レイドなんかは近所だったし、覚えてるんじゃない?」

「史上最悪の反乱であり、ジャスティス一族の汚点の一つだからな。忘れるわけないさ」

 フェーネだけでなく、レイドまで落ち込み気味だったのはそういう理由かと、セレナは一人で納得した。レイドが幼少期を過ごしていたジャスティス一族の道場は、まさしくその場所にある。王国を率いるアレクサンダー一族がジャスティス一族に喧嘩を売るわけがないので、軍隊自体を見たわけではないだろうが。
 当時、アレクサンドリア王国は様々な政策を強引に行っていた。その影響による物価の高騰、急激な税率の上昇に不満を覚える国民は少なくなかった。その中で立ち上がった集落の人々を王国軍が鎮圧できないとは前代未聞のことで、イクセリオン中が動揺したものだ。
 反乱の幕引きは呆気なかったという。互いに疲弊してきていたということも理由の一つだったが、反乱首謀者が殺害されたことがきっかけとなり、反乱軍は全面降伏した。反乱軍の残党は皆処刑され、現在アラフ地方の集落はほとんど壊滅して残っていない。

「もともと農業で暮らしていた割に、あの辺りはノエル地方ほど収穫量も多くなかったからな。増税反対の抗議はずっと前からあったみたいだ。だからって、あそこまで酷くなるとは思ってもいなかった。あれは、初とも言える召喚術の戦争だった」

 王国軍が民衆であった反乱軍を抑えることが出来なかった理由が、召喚術だった。反乱戦役の激化した最たる理由は、反乱軍に属する戦闘員のほとんどが召喚術を使うことができ、また法術師も多く存在していたことにある。
 召喚術は召喚術師学校でしか学ぶことは出来ず、更に召喚師は召喚術師連盟によって管理される。連盟に属さない召喚師を外道召喚師と呼んでいるが、反乱軍はほとんどが外道召喚師だったのである。召喚術師学校以外で召喚術を教えることは違法だ。誰が反乱軍に召喚術を広めたかは未だに謎とされている。
 こうして召喚師連盟が反乱に介入し、召喚術の全面戦争へと発展したのだ。

「アクラは反乱戦役の犠牲者だった。反乱戦役末期にノエルまで逃げてきたの。アラフ地方から、王都の警戒網もくぐって、ブリューネルも危なくて、やっと逃げ込んだんだって。親とか妹とかとも離ればなれになって。王国軍も反乱軍も関係ない。そんな原因を作った召喚術が憎くてしかたないって、アクラは思ってる。私もそれを分かってた」

「でも、敢えてフェーネは召喚師を選んだんだろ?」

「そう。召喚術の強さが必要だったの。八年前のガーゴイル襲撃事件、あの時ノエルは召喚術に救われたから」

 俗にガーゴイル襲撃事件と呼ばれる事件は、ノエルにてちょうど八年前のこの時期に起こった事件だった。十数体のガーゴイルが街を突如襲撃し、怪我人多数と数十名の死者という被害を出した。苦戦を強いられたものの、ノエルに駐在するジャスティス一族と、その時ちょうど滞在していた見習い召喚師達によってガーゴイルは辛くも討伐されたのだった。
 この時期だったからこそノエルには戦力があり、建造物に大きな被害は出たが、その割には犠牲者が少ない。建物も今となっては事件の傷跡を感じさせないほどに復興されていた。

「ちょうどこの時期だったからこそ、見習い召喚師がたくさんいたの。ジャスティス機関だけじゃ、多分もっと被害が出てたと思う。あ、もちろんジャスティス一族が役に立たなかったとかじゃないのよ!」

 慌てて否定するフェーネにレイドは苦笑いを浮かべていた。
 フェーネ曰く、フェーネは幼い頃から法術師の素質があると言われていたらしい。そのため、幼年学校を卒業したら王都にあるアレクサンドリア大聖堂で法術を学ぶ予定だったらしい。だから、アクラもフェーネが法術師になると思っていたのだろう。フェーネもアクラの話を聞いて召喚師の道など考えていなかった。
 それなのにフェーネが召喚師へと方向を変えることになったのは、ガーゴイル襲撃事件があったからだった。

「ノエルの街が壊れていく中、私は逃げることしかできなかった。幼年学校にいた法術師の先生も避難先で傷を治すことしかできなくて、ガーゴイルに立ち向かえたのは召喚師とジャスティス機関だけ。いざというときに、戦う力がなければ何の意味もないって思い知ったの。アクラは召喚術が怖くて憎くて仕方ないみたいだったけど、私はそれが欲しいと思った。アクラに何を言われるか分かってたけど、アクラには内緒で召喚師になる道を選んだの。だから、怒らせるのも仕方ないことなのよ」

 フェーネは無理に笑って見せたが、どう見ても笑顔には見えなかった。しかし、これがフェーネにとって召喚師となる決定的な動機であり、譲れない一線なのだろう。
 セレナは、フェーネには召喚師は向いていないと思っていた。召喚術師学校で初めて出会った時からずっと、今もまだそう思い続けている。召喚師という職業自体も、召喚術という魔法も、フェーネに適しているとは言い難い。
 アクラの言ったように、滅多にないが召喚師は人殺しを請け負うこともある。貴族専制の業界であるが故に、いつも平民よりも貴族を優先する。フェーネは、ただでさえどの貴族よりも平民と親しいと言われて蔑まれる中流貴族のフロリス家だ。加えて、性格的にもお人好し。平民に対して非情な判断が出来るとは思えないし、ましてや人殺しなんていざとなっても出来るか分からない。
 だからこそ、フェーネは動機も実際の姿もアクラが言うような一般的な召喚師とは言えなかった。そこに希望があるような気がする。

「で、フェーネはこれからどうするつもり?」

「どうって」

 フェーネが幼馴染みにどれだけ憎まれようと召喚師を譲らない理由は理解した。問題は、その先にある。

「フェーネは誤解されたままで、いいのかってこと。これに関しては私達二人が言えることじゃない。フェーネがそれで納得できるかどうかだからね。少なくともフェーネの動機を彼は理解していないように見えた。どちらかといえば、彼はフェーネが召喚師になったことよりもフェーネが黙って召喚師になったことの方を怒っていたように思うけど」

「そう、なのかな」

「顔を合わせた時にはもうフェーネが召喚師になってたことは分かったはずだ。なのに、途中までは普通に接してくれたってことは、話も何も聞いてくれない相手じゃないってことだと思うよ」

 僕の場合は端から理解できない相手ばかりだから何を言っても仕方ないけど、とレイドは付け足しながら肩をすくめた。
 フェーネはしばらく困ったように悩んでいた。どう言っても結局はフェーネとアクラの問題だ。しかもアクラの方は召喚師に対する憎しみの根が深い。セレナもレイドもそれを分かっていて、あくまで第三者から見ての提案しかできない。所詮は余所者なのだから。
 フェーネも誤解されていたいわけではない。フェーネにとってアクラは幼い頃から遊んでくれた唯一の幼馴染みだ。誤解されているよりは誤解されていない方が良いに決まっている。

「しょ、しょーがないわね。二人がそこまで言うなら当たって砕けてやるわよ。そうじゃないと私らしくないじゃない!」

 フェーネは意気込みながら、今度はしっかりと笑っていた。

「行ってくるわよ。アクラの場所なんて、大体検討がつくわ。ごめんだけど、二人は先にうちの方に行っててくれる?ちょっとしたら私も行くから」

 フェーネはそのまま二人の返事を待たずに立ち上がって、走り出した。そこに迷いはない。

その後ろ姿に、やっとフェーネらしくなったと互いに思いながら、ようやく二人は安堵した。

「それじゃ、折角時間もあるから、上に上ってみるか」

 二人なら上れそうな見張り台を見上げて、レイドはセレナに提案する。その声に張りがないと思ったのは、恐らくセレナの思い違いではない。


   *   *   *


 フェーネの言う通り、夕日が照らす森の木々を臨む風景は絶景といえた。遠くにクリステル山脈がうっすらと見え、そこまでをずっと森が続いていく。
これが遙か昔から月の森と呼ばれる森だ。
 月の森は日照量が少ないものの、肥沃な土のせいでノエルと同様に農業が発展している。故に、月の森には多くの小さな村が点在している。その村々を統括しているのが、第三都市ブリューネルだ。第三都市といわれるだけあって、ブリューネルは大きな都市である。ここからはあいにくその姿を確認することはできないが。

「で、レイドは何を落ち込んでるわけ?」

 沈んだ面持ちを隠すようにして景色を眺めていたレイドに、セレナは単刀直入に問いかけた。レイドは思わずセレナの方を振り返って、まいったなと苦笑する。

「そんなに落ち込んでるように見えたか?」

「反乱戦役の話あたりから。アクラの様子を見た時もそうだったし、フェーネから名前を出された時はもっとかな」

「敵わないな」

 フェーネが泣いたり、必死に事情を説明している間、その隣で座っているレイドも十分落ち込んでいた。ジャスティスの汚点だと本人が言った通り、レイドにとって反乱戦役はそれなりに思い入れのある出来事のようだ。とはいえ、その当時は三歳ぐらいのはずだ。いくら戦場近くのジャスティス道場にいたとはいえ、レイドが直接関与しているとは思えない。

「僕自身は戦場を見てすらいない。記憶も曖昧だけどな」

 ジャスティス一族の本家であるジャスティス道場が戦場のすぐそばにありながら、ジャスティス道場は一切反乱の戦火を受けることはなかったいう。正確には、ジャスティス一族は全く戦争に関与しなかったという方が正しいだろう。ジャスティス一族の本家はどれだけ周りで人が死のうと、助けを求められようと門を開けることさえなかったのである。
 理由は簡単だ。ジャスティス一族は王国軍にも反乱軍にも荷担するわけにはいかなかったからだ。反乱軍を少しでも助けることがあれば、その時はアレクサンダー一族とジャスティス一族の聖四王族の戦争へと発展してしまう。そうなればイクセリオン全土を巻き込みかねない大戦争だ。逆に王国軍を手助けすれば、それは民を守護するというジャスティス一族の使命に真っ向から背くことになる。結局、当時のジャスティス頭首はどちらにも全く手出しをしないという一貫した中立の立場をとった。

「守護の正義だなんだって言ったって、目の前で助けを求める人に手を差し伸べすらしない。門の前で積み重なる死体に心を痛めることもなく、反乱軍の荷担になるとして供養すらしなかった。ジャスティス一族なんてそんなもんだ」

 話すレイドの拳に自然と力が入る。顔も若干強ばっていた。

「怖かったよ。あれはただの反乱なんかじゃない。紛れもなく戦争だった。悲鳴も、連なる死体も、何もしないジャスティス一族も、思い出すだけで吐き気がするほど嫌になる。だから、反乱戦役なんて名前を聞いて、ちょっと思うところがあっただけなんだ」

 そうして先程のフェーネのように無理に笑うレイドを見て、セレナは溜息をつきたい気分になった。まったくレイドは自責の念が強すぎるのだ。
 今、レイドが悔いたところでどうなるというのだろうか。当時三歳だったはずのレイドが何か出来たはずもない。そして、ジャスティス一族は今までもこれからも、政治的事柄に首を突っ込むことは出来ないのだ。これはもはや、聖四王族間の戦争という問題ではなく、そういう決まりなのだから。
 聖四王族はその特権と引き替えに、使命と掟に縛られた生き方をしなくてはならない。その掟によって、どれほど市民がアレクサンダー一族の政治に苦しめられようとも、ジャスティス一族はアレクサンダー一族に反旗を翻すことはあってはならないことなのだ。手を出せるとしたら、今では行方が分からないと言われているイクセリオン一族しかいない。

「私はジャスティス頭首の判断は間違っていなかったと思うよ。ジャスティス一族はあの反乱に一切関わりを持たなくて正解だった」

「本当にそう思うか? ジャスティス一族が介入すればもっと早く、死人も少なくて済んだのかもしれないんだぞ」

「逆だね。本格的な聖四王族同士の戦争になれば、最終的な被害は反乱戦役の比じゃない。アラフ地方で済んだだけまだ良かった。反乱戦役で責められるべきは、レイドでもジャスティス一族でもない。反乱軍を外道召喚師の軍団と化し、反乱を混乱へ導いた真の外道だよ」

「でも」

 それでも自分を責めて渋るあたりが、実にレイドらしい。

「ま、掟のための使命なのか、使命のための掟なのかといったところ・・・・・・」

「セレナ?」

 微かに耳鳴りがした。首を傾げながら慌てて耳を押さえてみるが、止まるどころか強まるばかりだ。
 次第に周りの音がほとんど聞こえないまでに高まった耳鳴りに、セレナは顔を僅かに歪ませた。セレナの異変に、レイドは困惑しながらも何かに気がついたように顔を上げる。
 レイドがまず捉えたのは風を切る音だった。やがて、どこからか現れた黒点が近づいてくるのを肉眼で確認する。見たこともないそれに、レイドは首を傾げた。

「飛行音か? なんだ、あれ・・・・・・まずい、飛び降りろ!」

 セレナもレイドが発見したそれの正体に気がつき、レイドの怒鳴り声に合わせて見張り台から同時に飛び降りる。
 手すりを跳び越えて見張り台から身を投げると、落下まで数秒。そこそこ高さがある見張り台は、常人が飛び降りれば骨折どころか死もあり得るほどだった。セレナは耳鳴りで頭が割れそうになりながらも、着地点を見据え、音もなく着地する。普段ならば何も問題はなかっただろうが、頭痛で思わずうずくまる。
 何かが破壊された音がした。

「セレナ、上!」

 反対側へ無事に飛び降りていたレイドの緊迫した声に、セレナは反射的に顔を上げる。元々古くなり、脆くなっていた見張り台は『何か』によって上部が切り取られたように破壊されていた。壊された見張り台の上部はほとんどそのままの形で、セレナのもとへ落下しようとしていた。
 舌打ちしたい気持ちで、セレナは落下してくる見張り台を振り払うように腕で宙を大きく薙いだ。発生した爆炎は見張り台を吹き飛ばし、空中で瞬時に燃やし尽くす。まるで紙一枚を燃え尽くすように、一瞬で大質量が灰へと変わった。
 無事に見張り台の下敷きにならずに済んだことを確認すると、ふっとセレナは溜息をついた。

「大丈夫か!?」

 慌てて駆け寄ってきたレイドに問題ないことを伝えると、ゆっくりと立ち上がる。ジャケットとスカートの埃を叩きながら、耳鳴りと頭痛が治まったことを確認した。

「セレナ、さっきのは」

「レイドが見た通りだと思うよ」

 近づいてきた黒の物体は二つ。風を切る飛行音と共に現れたそれは、全体が黒く大型の蝙蝠のような形だった。漆黒の鋭い翼と爪、目だけが赤く妖しげに光る。
 古式自律型飛行系魔学兵器。通称、ガーゴイル。世界救済以前のエルフが開発したという機動力に優れた飛行型の魔学兵器であり、八年前にノエルの街を襲ったというそれに間違いない。

「ガーゴイルがなんでこんなところに」

「それを考える前に、まずはあの二体をどうにかするべきだね。数は二体だからガーゴイル襲撃事件よりは少ないし、私たちだけでもどうにかできるはず」

 レイドは頷くや否や、走り出した。セレナも遅れずに走り出す。
 フェーネが無事だと良いけど、と頭の端で思いながら、黄昏時の少し暗い道を駆ける足を速めた。



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