Legend Story -the heir of the world- 

第壱章 平和な世界イクセリオン -Peace is not happiness-
 Section3 傷跡 


    *   *   *


 足は目的地へと迷うことなく進む。黄昏時の故郷を、フェーネは息を切らしながら走っていた。
 昔から、この街にアクラがやって来た時から必ず毎日行く場所がある。一日の終わりに、彼は毎日欠かすことなく反乱戦役で亡くなった親と妹の墓参りに行くのだ。そして、教会裏の共同墓地にその墓はある。
 当然、そこにアクラの家族は眠っていない。アクラは反乱戦役当時に命からがらノエルまで逃げてきたのだ。まだ小さすぎる妹を連れてくることは出来ず、一人きりでただ生きるためだけに、この地へと逃れてきた。そしてアクラの両親は反乱に参加し、妹と共に召喚師に殺されたのである。反乱を起こした民達に王国軍が墓など作るわけがない。せめて形だけでもというアクラの願いを受け、フェーネの父が秘密で彼のために墓をたてたのだ。

「いたいた」

 息を整えるように歩調をゆっくりにして、何度も深呼吸する。フェーネ自身何度も訪れている墓の前にいる幼馴染みは、十字のペンダントを握って手を合わせている。
 ぽつぽつと、内容は分からないが、今日一日の報告を家族にしているのだろう幼馴染みにフェーネは少し緊張しながら近づいた。

「人殺し相手に、もう話すことはないんだが」

 刺すような声にフェーネは思わず足を止めた。足が震えそうになるのをこらえながら、落ち着いてもう一度深呼吸する。落ち着けと何度も心の中で繰り返す。
 アクラの声も震えていた。嫌っているなら無視をすればいいものの、フェーネを意識せざるを得ないといった調子だった。

「あっそ。だったら、ひたすら独り言でもしようかしらね」

 とにかく言ってやろう。今すぐじゃなくても構わないから、誤解を解くために言うだけ言ってみる。セレナやレイドには言えなかったことを含めた、召喚師を選んだ本当の理由だ。

「まったく、困るわよね。アクラだけが八年前のことを引き摺ってるわけじゃないのに。ガーゴイルの事件に責任を感じてるのはアクラだけじゃないわよ」

 幼馴染みの後ろ姿が僅かに震えたように見えた。
 公には知らされてはいない。それどころかアクラとフェーネと、二人を助けてくれた召喚師の一人だけが知っている真実だ。ガーゴイル襲撃事件が起こった原因が、二人にあることは。

「無力だったわよ。自分のせいでたくさんの人が怪我をして、死んじゃう人もいて。お父さんも杖なしじゃ歩けなくなちゃった。幼年学校の先生は法術師だけど、ガーゴイルに対しては何も出来なかった。避難できた怪我人を治すだけで、ガーゴイルには太刀打ちできなかった」

 ガーゴイルが飛び交う街中を必死にアクラと二人で逃げた。そして、疲れ果てて逃げ切れなくなった時に助けてくれたのが召喚師だったのだ。
 何も出来ない自分。そして、きっと法術師になってもどうすることも出来ないだろう自分。事件の元凶となった自分が償いをするためにも、強くなりたいと思ったのだ。

「強くなりたかったのよ。戦う力が欲しかった。どうすることも出来ないなんて嫌だから、見てるだけなんて絶対に嫌だから、立ち向かえるようになりたかった。そうすることがせめての償いだと思った。私が選べる中でそれが召喚師だっただけ。たとえアクラに憎まれても」

 これがフェーネが召喚師を選んだ本当の理由だ。

「まあ、他にも法術でも治せなかったお父さんの足をどうにかできないか、召喚術方面から考えたいとかもあったけど。それはついでよ。黙って召喚師になったことは悪かったと思ってるけど、アクラには絶対反対されるって分かってたからね。あの頃は反対されたら決心が揺らぎそうで怖かったから、言えなかった。第一、黙って進路を決めたのはアクラも同じなんだから、そこはおあいこにして欲しいわ」

 王都の大聖堂へ法術を学びに行こうと思っていたので、勉強はそこそこしていた。しかし最難関である召喚術師学校に合格できるかというと、それはかなり厳しい。そんな状況で気持ちが揺らげば、きっと合格はなかったはずだ。現に、本番でもギリギリで自信がないせいで、セレナと恥ずかしい出会い方をしてしまったのだから。

「私だって、アクラが武器屋なんて聞いてなかったわよ。アクラのお義父さんは鍛冶屋だったから、あの鍛冶屋を継ぐって思ってたし、アクラもそう言ってた。何も言わずに黒曜の鍛冶屋【オブシディアン・スミス】に入るなんて思ってなかったわね」

 アクラが養い親の鍛冶屋ではなく、イクセリオンでも武器屋として有名な黒曜の鍛冶屋【オブシディアン・スミス】に入ったことを知ったのは、フェーネが召喚術師学校へと入学した後のことだった。それも本人から聞いたわけではない。
 黒曜の鍛冶屋【オブシディアン・スミス】というのは、武器屋のギルドだ。それもイクセリオンではかなり名の知れたギルドの内の一つである。
 フェーネはあまり詳しくないが、かなり厳しい職人肌のギルドだということは知っている。より強い武器を作ることを探求するギルドだ。もちろん街の包丁などの日用品を作るような鍛冶屋とは訳が違う。アクラの義父とはかけ離れた鍛冶屋といえるギルドだ。

「考えてることは同じだったってことか」

「え?」

 話すことはないと言ったアクラが返事をしたこととその内容に、フェーネは驚いた。

「償いだ。ガーゴイルの事件のな。俺は無力で、召喚師やジャスティス機関に頼らなければどうすることもできないことが分かったあの時から考えていた。どうすれば犠牲になった人以上の人の命を守ることが出来るのか」

 アクラは手を解いて十字架を首にかけ、服の中へとしまった。やっとフェーネに向けた顔は見張り台で見た顔とは違い、情けない顔だった。

「黒曜の鍛冶屋【オブシディアン・スミス】の人間は、自ら作った武器を評価できる武闘家であることが求められる。そこでなら、自分を追い込むことが出来ると思った。俺は昔から逃げてばかりだったから、強くならなければならない環境へ身を置くべきだと思ったんだ。結局、フェーネと一緒だったってことだ」

 そう言いながら笑うアクラにフェーネもつられて笑った。

「まあどのみち、どちらも退けないところまで来ちまったんだ。貫くしかねぇよ。強くなるためにはな」

 良かった、とフェーネは思った。誤解は今すぐ解けなくても良いと思っていた。けれど、アクラとてガーゴイル襲撃事件では召喚師に助けられ、その姿を見ている。
 召喚師は人殺しもした。しかし、それだけではないのだとアクラも理解していたのだろう。結果的に、セレナとレイドの言った通りだったということか。
 ほっと一息ついたところで、ふと夕日が翳った。もうすぐそこに夜が来ているとはいえ、まだまだ日が長いこの季節に日が沈むのはおかしい。空にそれほど雲はないはずだった。

「馬鹿、フェーネ!」

「へ?」

 アクラに突き飛ばされて、地面に尻餅をついたところでフェーネはやっと我に返った。目の前に黒が横切る。
 目で追った先には見覚えのある姿が空中で旋回していた。気になって学校に入学してから殊更調べていた八年前と同じ魔学兵器だ。

「ガーゴイル!」

「だから、危ねえっての」

 持っていたロングソードを抜いたアクラは、フェーネの視界に入っていなかったもう一体のガーゴイルの爪を受けていた。鋭い音が鳴ると、ガーゴイルは二体揃って宙を舞う。不気味な声が辺りに響き渡った。
 どうにかしないと、とフェーネは杖を構えるが、どうすればいいのかが分からない。こんな時のために召喚師になったはずなのに、頭が真っ白になって何も考えられない。

「なんで、ガーゴイルは八年前に全部倒されたはずじゃ」

「んなこと言われても、俺が知るかよ。来るぞ」

 動けないフェーネをフォローするように、襲い来るガーゴイルの攻撃を受け流す。しかし、二対一の状況はただでさえ不利な上に、フェーネが動けなくては足手纏いもいいところだった。
 躱しきれなかったガーゴイルの攻撃が、アクラの腕を切り裂く。

「おい、しっかりしろ。今どうにかできねぇで、何が召喚師なんだよ!」

「分かってるわよ!」

 杖を握り、己を奮起させる。アクラの言う通り、今どうにかできなくては召喚師になった意味はない。
 虚勢だと自覚しながら、ガーゴイルを睨みつけてみせる。

「聖なる力、その邪悪な力から守り給え・・・・・・」

 アクラを守りながら、攻撃の隙を見定める。セレナとレイドがいない今、フェーネに出来ることはアクラを支援することしか対策が思いつかない。召喚術ならば敵を妨害する魔法は心得ているが、アクラでは二対一の状況下でフェーネが召喚術の詠唱を終えるまでの時間は稼げないはずだ。
 こういう時に、セレナのように詠唱が短く魔法が発動出来ればいいのにと羨ましくなる。妬んでも仕方がないということは、随分前に悟ったことではあるけれども。
 しかし、なんとかしなくてはというフェーネの気持ちとは裏腹に、フェーネは法術の詠唱に対していつもとは違う感覚を覚えた。

「嘘、でしょ」

 魔力が集中しなかった。いつもであれば詠唱に合わせて魔力が杖に集中し、杖を媒介にして力を増大させ術を形成するという過程を経て、魔法を放つことが出来る。それなのに今は、魔法を発動させる初期段階である魔力すら集中しない。まるで、魔力が何処かへ消え失せてしまったかのようだった。
 魔法があまり上手くいかない日というのはあった。寝不足だったり、体調が悪かったりすると魔法の効果が通常よりも低下してしまうのだ。だが、魔法を習得してからというもの、魔法が使えない日など今までなかった。

「何やってるんだよ、フェーネ!」

「魔法、使えない」

 恐怖と焦り、魔法が使えないという現実が受け止められずに、フェーネの手はがくがくと震えていた。杖を地面に落とし、足の力まで抜けていく。

「とりあえず逃げて、誰か呼んでこい! 俺一人じゃそう保たねぇ。さっさと行け!」

 せめてフェーネを逃がそうとするアクラの思いも虚しく、フェーネの耳には何も聞こえていないようだった。フェーネの脳内は、この六年の召喚術師学校が全くの無駄だったのではないかという思いで支配されている。
 フェーネを守りながら二体のガーゴイルの相手をするのはアクラには不可能だ。奮闘はするものの、次第に力押しされて生傷が増えていく。二体すら片付けることができないのかと、アクラは苦しげに舌打ちする。

「くそ」

 粋がったところで刃が立たないのが現実だ。一か八か、フェーネを担いで逃げるか。しかし、共倒れの可能性の方が高すぎると思考を巡らせるが、その間にも傷は増えて痛みは強まるばかりだった。限界が近い。

「フェーネ、とにかく逃げろ!」

「その必要はないよ」

 なんとか届けというアクラの叫びに応えたのはフェーネではなかった。
 顔の直ぐ横を掠めるように通過した火球は、眼前に迫っていたガーゴイルを魔法の衝撃で吹き飛ばしていた。次いで攻撃を仕掛けようとしていたもう一体のガーゴイルは、火球を追うようにしてやって来た金髪の少年が剣を一閃で弾き飛ばす。

「セレナ? レイド?」

「間一髪ってところだな。間に合って良かったよ」

 フェーネを一瞥して、レイドは剣を構える。セレナとレイドの奇襲によって吹き飛ばされた二体は、早くも体勢を立て直してこちらに挑もうとしている。

「まったく、たかだかコウモリ如きに何をびくびくしてるんだか」

 うずくまるフェーネの横に立ち、無事であったことにセレナは安堵した。個人での戦闘能力が長けているとは言い難いフェーネが、どこまで堪え忍ぶことができるのか心配だったのだ。アクラがぼろぼろなのが気になるところではあるが、重傷までは至っていない。

「セレナ」

「ん?」

 フェーネの情けない声にセレナが首を傾げる。今まで経験したことのない事態に、相談出来るのは天才と呼ばれる彼女しかフェーネには思い浮かばなかった。

「魔法、使えなくなっちゃった」

 泣き出す寸前といった様子のフェーネに、セレナはそれほど驚くこともなく納得した。一度レイドの方を見遣ると、二体相手に善戦しているようだった。アクラと違ってガーゴイル二体を相手に出来るあたりは、流石レイドといったところだろう。

「レイド、少し時間を稼いでくれる?」

「分かったよ。早めに頼むな」

 朧気ながら事情を察したのか、ガーゴイルの攻撃を躱しながらレイドは苦笑した。レイドも相手の悪さが分かっているのだろう。
 ガーゴイルは彫像のような見た目から分かる通り、地という属性をもつ。対するレイドの魔力は風属性と親和的なので、相性的には最悪の組み合わせなのだ。
 戦闘において、属性という魔法学の概念は非常に重要な要素である。属性とは魔力や魔法を構成するマナという物質が持つ性質の特徴のことで、世の中には様々な属性が存在する。その中でも最も基本である属性、基本四属性は火・水・風・地である。火は地に、水は火に、風は水に、地は風に優勢である。
 だから、属性的に見ればセレナが出て行けば解決するだろうことは明らかだった。だが、ここでフェーネがガーゴイルを乗り越えなければ、フェーネはいつまでもセレナの言うコウモリ如きに怯えることになってしまう。他ならぬフェーネ自身がガーゴイルを打ち破ること、これが重要だった。そのためにはフェーネを立ち上がらせなければならない。

「フェーネは何が一番怖い?」

 目の前で繰り広げられるレイドとガーゴイル達の戦いに似つかわしくない、まるで雑談をするかのような声の調子でセレナは訊いた。
 こんな時にいきなり何を、と言いたげにフェーネはセレナを見上げた。セレナは呑気に首を傾けながら、フェーネの答えを待っている。

「何って・・・・・・」

「ガーゴイル? 幼馴染みに自分を否定されること? 魔法が使えない無力な自分に戻ること? それとも、誰かが死ぬこと?」

 はっとフェーネは息を呑んだ。そして、フェーネは眼を閉じながらセレナの言葉を反芻する。
 セレナには分かっていたことだった。見張り台でアクラに召喚師となった自分を否定されたフェーネがどれほどショックを受けていたか。非難されると分かってはいたものの、実際に口にされた時にどれだけ傷ついたか。セレナがアクラに対して人殺しと同類だと言ったのも、アクラがその言葉で召喚師としてのフェーネを殺そうとしたからだ。
 魔法とは魔力を使用することで発動する物理法則を無視した超常現象だ。魔力は精神的な生命力。過度な精神へのショックは魔力を殺してしまうことに繋がる。

「目の前で誰かが死ぬのが一番怖い。だから、戦う力を持つ召喚師になったんだもん」

「忘れないで。魔法も魔力もなくならない。それはフェーネが持つ力で、フェーネそのものだから」

「セレナ?」

「自分を認めて信じること。ほら、もう魔法は使えるはずだから、早くアクラを治療して来なよ」

 セレナはさてと、と戦況を確認する。本気でやれば倒せないことはないだろうに、レイドはガーゴイルに苦戦しているようだった。レイドがある程度本気になるまで放置するのもいいが、時間を稼いで欲しいと言ったのでそろそろ手伝ってあげるべきかとも思う。
 加勢しようとセレナが一歩踏み出した時、フェーネはセレナを呼び止めた。

「ありがとね、セレナ」

「ん」

「それと。格好つけすぎ」

「フェーネは格好悪すぎ」

 笑みを浮かべるフェーネを後に、セレナは詠唱しながら火の弓を顕現させ、炎の矢を放った。
 ガーゴイルに命中こそしなかったが、突然の炎の矢に注意を奪われた隙を狙ってレイドが攻撃を加える。激しい剣撃の音こそするが、あまりダメージとして効果は薄いようだ。

「なんとかなったのか?」

 前線で戦うレイドに合流し、懐から取り出したナイフで一体の攻撃を受け流す。戦いながらも、フェーネのことを心配していたらしい。
 それならばさっさと片付けてしまえばいいものを。と、フェーネにガーゴイルを倒させないといけないとは思いつつ、レイドの手抜き癖に呆れずにはいられない。

「まあね。で、相性最悪の上に手を抜いてる割には頑張ってるとは思うけど、コウモリ相手に何を苦戦してるわけ?」

「コウモリってなぁ。ドラゴンの時のトカゲ発言といい、セレナの敵に対する評価基準が分からないよ。まあ、問題は魔学装甲だな」

「だろうね」

 古式自律型飛行系魔学兵器という正式名称だけあって、ガーゴイルは紛れもなく兵器だ。ガーゴイルが備えている厄介な武装の一つが魔学装甲と呼ばれるものである。先日戦ったようなドラゴンの鱗をヒントにエルフが大昔に作り出したもので、古式の魔学兵器の中でも終期のものに多く装備されている。物理攻撃、魔法攻撃を問わずに、兵器自身を守る防御機構だ。
 魔学兵器だけでなく、魔学機器は原則としてコアという部分から動力を得ている。ガーゴイル自身の動力も魔学装甲も、コアからエネルギーを供給されているはずだ。それは人間でいう心臓部であり、そこを壊せば機能を停止する部分である。ただし、当然コアも魔学装甲で防御されている。
 まずは魔学装甲を破壊し、コアを叩くのが一番早くて確実な倒し方だろう。

「魔学装甲は私がなんとかするよ。レイドはコアをよろしく」

「了解。でも、魔学装甲を破壊出来るくらいの魔法を素早いこいつ等に当てられるか?破壊しきる前に逃げられるだろ」

「大丈夫でしょ。加勢もあるみたいだし」

「お待たせ!」

 杖を構えたフェーネが息を切らしながらこちらへと近づいてきた。少し離れた所で立ち止まり、戦闘態勢を取る。どうやらアクラへの法術での治療を済ませたらしく、これでようやく三人揃った体制になった。
 自信満々の顔からして、フェーネの魔法はもう大丈夫そうだった。だったら、反撃を開始してとっとと終わらせてしまおう。
 フェーネがいるならばガーゴイルの動きは止められる。あと残された課題はガーゴイルのコアの位置だけだ。コアの正確な位置が分からなければ、魔学装甲を破壊したとしても、それなりに防御力のあるガーゴイルをコアが破壊されるまで粉々にしなくてはいけなくなる。それは面倒な上に退屈な作業だ。

「ちょっと耳鳴りするよ」

「どういう」

 疑問の声には答えずに、魔力の制御に専念した。本当ならあまり見せるものではないが、出し惜しみするのも面倒だった。
 セレナは瞬時に一定量の魔力を左手に集中させると、ガーゴイルに向けて放出する。攻撃力を伴っていないのにも関わらず、セレナが相手にしていたガーゴイルだけでなく、レイドが相手をしていた方も戦線を離脱してしまった。
 ガーゴイル達の逃亡速度よりも速いセレナの魔力の波は、ガーゴイルへと到達すると奇妙な高い音を鳴り響かせる。それはセレナの言った通り、耳鳴りのような甲高い音だった。

「何、この音?」

 フェーネには少し困惑するくらいの音に聞こえるのだろう。一方、レイドは随分と怪訝そうな顔をしている。音の聞こえ方には個人差があるはずだが、反応からしてフェーネよりレイドの方が音が大きく聞こえるのだろう。セレナとしては、若干頭痛がするくらいのものなのだが。
 コアはヒトでいう魔力の根源である魔核にあたる。つまりコアは魔力の固まりと言い換えることも可能だ。セレナが行っているのはコアと自分自身の魔力の共鳴から、ガーゴイル内部にあるコアの位置を割り出すというものだ。この自己流の分析魔法をアナライズと呼んだりもしているが、これが魔法として成立させられるのはセレナしかいないだろう。セレナとしてはあまり嬉しくないのだが、これはセレナの魔力の質が大きく関係している術だからだ。
 そのあたりはまだ追求されると説明が面倒になってくるので、あまり見せたくないと思った。加えて、この術は使っていてあまり気持ちの良いものではないので極力使いたくないのだ。
 耳鳴りのような共鳴音が収まる頃、セレナはぽつりと呟いた。

「背中の中央部、頭の付け根から約0.1、表面から約0.05メア。レイド、分かった?」

「あ、ああ」

 ぱっとしない顔のまま、レイドは頷いた。レイドと同じような困惑を抱いているのか、ガーゴイルはセレナを警戒して上空を旋回し続けている。

「じゃ、反撃開始と行きますか。フェーネ、あれの動きを封じてくれる?」

「いいけど、当たるか分かんないわよ?」

「当てられるように、魔法が当たる瞬間には隙が出来るようにするよ」

 試験が終わってから何度か練習した戦法だ。そういうことで、と言えばレイドは頷いてガーゴイルの誘導を始める。セレナとレイドで一体ずつ受け持ち、フェーネの詠唱が終わるところを見計らって隙を作る。セレナ班には割と珍しい連係攻撃だ。

「・・・・・・清らかなる水の精よ、其は自然の源。其は支配者なり。流れ澱み、征服するものなり。その威力を以て、立ちはだかる者を絡め取り拘束せよ」

 フェーネのいつもよりも力強い詠唱が終わるところを見計らい、レイドに合図を送る。息を合わせたところで、同時にガーゴイルを振り払うように攻撃した。二体を挟撃するように戦っていたこともあり、攻撃の衝撃で吹き飛んだガーゴイル同士が音を立てて上手い具合にぶつかる。

「アドヘジション!」

 タイミングを見計らい、フェーネは構築した魔法を解き放った。突き立てた杖を中心に構築した魔法陣から立ち上る光が杖に収束し、杖から二つの水色の光となってガーゴイルへと発射される。二つの光が融合しながら二体のガーゴイルを包んだかと思うと、それは水の球体へと変化した。
 ガーゴイルを包んだまま球体は宙に漂う。ガーゴイルたちはまるで時が止まってしまったかのように、その球体の中から動かない。

「行くよ、レイド」

「了解だ」

 足下に魔法陣を構築し、そこから力を集中させる。いつもの魔法では威力不足なので、少し強力めの魔法で攻撃する必要がある。
 相手の弱点は火属性だ。しかし、敵を覆っているのはフェーネの水魔法であり、水属性は火属性に対して優勢である。したがって、フェーネの魔法は敵の足止めだけでなく、セレナの魔法から守る役割も果たしてしまっている。セレナの魔法は普通に魔学装甲を破壊するだけのものではなく、フェーネの水魔法を打ち破った上に魔学装甲を破壊するだけの威力がなくてはならない。
 せっかく成功した足止めの魔法を自ら破壊しなくてはならないのは、セレナとフェーネの魔法の相性が悪いから仕方がないとはいえ、他人から言わせれば恐ろしく非効率な戦法に違いない。

「集え。その力、爆炎となりて燃壊せよ。バーニングブラスト」

 短い詠唱の後、振り払った左手から巨大な炎が勢いよく水の球体へと向かう。接触の直前、音を立てて一気に水は掻き消され、炎はガーゴイル達を襲った。
 いつも好んで使っているフレイムアローに比べるとこの魔法は威力が高いが、発動までの時間と発射から着弾までの時間が長いため使いにくい。そのために相手が素早い場合には非効率ではあっても、フェーネに足止めをしてもらった方がやりやすいのだ。セレナの魔法の威力が圧倒的であるが故に、フェーネの魔法を無効化した上でも敵を倒せる攻撃力が引き出せると踏んだ上での戦法である。ある意味、セレナ班だからこその戦法だろうか。
 炎に包まれたガーゴイルに向かって、レイドはセレナの指示通りの場所を狙って剣を振るった。
 今までとは比べものにならないくらいに簡単に斬れる感触に驚きながら、二体のガーゴイルのコアを破壊する。炎に包まれたままの二体は、急激に高度を失い墜落しながら黒い靄を放って、地へと落ちる前に跡形もなく消滅した。

「た、倒したの? や、やったぁー!」

 信じられないというような声で、歓喜の声を上げるフェーネは卒業試験のドラゴンを倒した時よりも余程嬉しそうに見えた。飛び跳ねるようにしてアクラへと報告をしに行くフェーネの後ろ姿を見ながら、セレナは溜息をついた。

「良かったな」

「そだね」

 これで、また一つフェーネも壁を越えることが出来ただろう。フェーネの中で、ガーゴイルがとりわけ思い出に残る敵であることには変わらないが、少なくとも怯えるということはなくなっていくはずだ。
 恐怖はヒトを縛る。たとえ、フェーネがガーゴイルを一人で打ち破ることが出来る力を手にしたとしても、怯えていては倒せるものも倒せない。まだフェーネは一人では倒せないが、今後強くなった時には自ら立ち向かっていけるだろう。

「セレナ。フェーネが魔法使えなくなってたの、知ってたんだろ?」

「ん、可能性としてね。見張り台の時に」

「やっぱりな」

 言いたいことがたくさんありそうな顔だったが、レイドはそれ以上何も言わなかった。
 はしゃいだフェーネが少し傷跡の残るアクラと共に二人の元へ戻ってきたのは、辺りがすっかり暗くなり一番星が輝きを失い始める頃だった。



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