Legend Story -the heir of the world-
第壱章 平和な世界イクセリオン -Peace is not happiness-
Section3 傷跡
* * *
アクラと共に四人でフェーネの家へと向かい、夕食を振る舞ってもらった。道中、アクラはセレナに対する言葉を詫びていたが、セレナは自分に謝るよりもフェーネに謝れと返した。一応仲直りをしたということらしいので、一件落着といったところだ。
フロリス邸での夕食後、そのまま泊めてもらうこともできたのだろうが、レイドが辞退した。せっかくの里帰りに他人へを気を遣わせたくないからというレイドの言葉にセレナも従ったのだが、それは建前でフェーネの家に居づらかったからなのだろう漠然と思う。
フェーネが故郷大好きであることは、セレナもレイドも知っていた。しかし、それは単なる故郷への愛着というのではなく、それ以上にそこで迎えてくれる家族が温かいからなのだろう。一行を迎えたフロリス夫妻は、フェーネと同じく貴族であることを一切鼻にかけない、まるで一般庶民の雰囲気を醸すほどだった。
今回初対面だったセレナとレイドにも日頃の感謝だといって簡単に頭を下げるくらいである。普通の貴族ならばあり得ない。たとえば、ゼノンのアポステリオリ家とかロメリアのディモルフォシカ家ならばまずないはずだ。これが田舎貴族と王都に拠点を置く上流貴族から蔑まれる所以だろうが、ノエルの市長としてはこれで良いのだろう。
ノエルの人々からは貴族として一線引かれているが、フロリス家をとりわけ煙たがるような噂がないのは、フロリス家がノエルの人々に親しみを持たれているからだ。フェーネに言わせると平民とも貴族とも言い切れない、板挟み状態なのだろうが。
「あんな家族だから、帰りたいと思うんだろうな」
二人で宿へと向かう道中で、レイドは羨ましそうにぼやいた。やはり、あの家族を見ていることができなかったのが、宿泊を断った原因のようだった。
レイドには、あのような家族は存在しない。レイドのジャスティス一族の立場を考えると当然かもしれないが、世界各地に自分と血の繋がっている一族がいるのに、レイドはありふれた家族の会話にすら触れたことがない。だからこそ、堪えられなかったのだろうと思う。
歩いてしばらくしたところで、レイドは自分の勝手で宿泊を断ってしまったことを詫びたが、宿泊費はフェーネの父である市長に払ってもらったので、とりわけ出費がかさんだわけでもない。後の旅に影響することもないのだから、気にする必要はないだろう。
それに、宿泊を断った理由は恐らく一つではないのだ。
「セレナ」
小さな公園の前でレイドは足を止めた。照明の魔学器が薄く照らす石畳の上で、立ち止まったレイドを少し先まで進んでいたセレナが振り返る。不穏な風が、二人の間を流れていく。
嫌な風だな、と思った。
「ガーゴイル、正式名称は古式自律型飛行系魔学兵器。世界救済以前、つまり千年以上前にエルフが生み出した、機動力を重視した兵器。エルフが持つ重要な宝物を守るために主に設置された、だったよな?」
魔学が苦手と言いながらも、こういった知識は細かく覚えている辺りがレイドとフェーネの違いだ。流石は学年二位といったところだろう。もっとも魔学の実技は試験では問われないので、レイドの魔学実技はひどいものがあるが。何はともあれ、知識だけはしっかりしている。
古式というのは世界救済以前に高度な魔学文明を誇っていたエルフが作った魔学器に付く名称だ。その中でも、ガーゴイルのように人が使うわけではなく、生き物のように自ら動くものを自律型と呼んでいる。一般的に知られているのは、自律型の中でも傑作といわれるゴーレムだが、飛行系であるガーゴイルは石で出来ながらも俊敏な飛行能力を持っていることが特徴としてあげられる。ゴーレムではあそこまで速くは動けない。
性能に差があるとはいえ、ゴーレムもガーゴイルも作られた目的はほとんど変わりない。基本的には、侵入者や盗人対策のためである。それが今も、大昔にエルフ達が残した遺跡に眠っている。命令を受けて何かを襲ったりすることはなく、元々命じられている何かを守るためにそこに存在しているのだ。
「八年前といい、今回といい。ガーゴイルは自ら街を襲うようなものじゃないはずだ。なのに、何故ノエルは狙われる?」
「八年前に関しては、私もよく知らないから何とも言えないね。ただ、レイドの言う通り、ガーゴイルはそこらにいる魔物とはわけが違う。兵器だしね。だから、ノエルが狙われるのは何かの理由があると考えるのが妥当だと思うよ」
「理由?」
「ノエルやアラフ地方には幾つか、かつてエルフ達が拠点にしていた遺跡が残っているのは知ってるよね?」
エルフ達は世界救済以前、イクセリオン大陸に幾つか拠点を構えて暮らしていた。イクセリオン大陸は世界の中でも数少ない、穏やかな気候である豊かな緑の大陸だ。どの種族もイクセリオン大陸に移住することは夢だった。
しかし、エルフ達は他の種族との交流を好まない。遺跡や集落を作り、こじんまりと暮らすのが今も昔も変わらないエルフ達の風習だ。そのために外敵から身を守るための兵器を開発した結果が自律型魔学兵器である。
「あくまで推測だよ?」
「ああ、構わない。ジャスティス機関として、これからもガーゴイルが頻繁にノエルを狙うならば対策が必要だからな」
「恐らく八年前のガーゴイル襲撃事件は、単純に誰かがエルフの遺跡から何かを持ち出したことが原因だと思う。そして、その誰かがノエルに逃げ込んで、それを取り戻すためにガーゴイルはノエルを襲撃するに至った」
ノエルのガーゴイル襲撃事件については話を聞いたことはあったが、今日一日でフェーネから得た情報を整理して考える。
遺跡に入り込んだ誰かがエルフの宝を持ち出し、ガーゴイルが起動された。慌てて犯人はノエルへと逃げ込み、宝を取り戻そうとしたガーゴイルはノエルまで襲撃した。結局、そのガーゴイルは見習いの召喚師とジャスティス機関によって退治され、なんとかノエルの被害は軽くて済んだ。これが八年前の顛末だろう。
「八年前の事件は単純だけど、今回の場合はそれとは違うみたいだね。ガーゴイルは二体、しかも初めに狙ったのは教会にいるアクラとフェーネだった。遭遇したのは私達の方が先だったから、私達に攻撃を仕掛けるのが魔物ならば自然。ガーゴイルが兵器であることを考えると、どうなる?」
「ガーゴイルは目標を達成するために邪魔なものは排除する。僕らがガーゴイルに遭遇した時には邪魔なものだと認識されなかった。ガーゴイルが排除しようとしたのはアクラとフェーネだから、アクラかフェーネ、もしくは教会にエルフの宝があった。それをガーゴイルが取り返しに来たってことか?」
「だろうね。でも、それだけならそれこそ八年前に片が付いているはず。今日、新しく何かを遺跡から持ち出したりしない限りは」
「誰かが遺跡から宝を持ち出すことがガーゴイルの起動条件になっている以上、何もしてないのにガーゴイルが襲ってきたのはおかしいだろってことか」
盗まれたものを取り返すという命令が与えられているガーゴイルは、盗まれたらすぐに取り返しに来る。それが八年前の事件。フェーネとアクラは今日、新たに遺跡から何かを盗んできてはいないはず。少なくともフェーネはセレナ達と行動を共にしていたのだからありえない。アクラに関しては確証はないが、ガーゴイルを起動させて何かを盗んできた上でフェーネとしゃべっているなど、八年前の襲撃を知っている人間では出来ないだろう。
だとしたら、ガーゴイルが襲ってきた原因として考えられるのは二つ考えられる。
一つは新たにエルフの遺跡から宝を盗んできた誰かが教会にいた可能性だ。誰かとして疑われるのはフェーネとアクラ以外の教会敷地内にいた誰かというわけである。しかし、これではガーゴイルが二体しか襲ってこなかったことが不自然になってしまう。
八年前に誰かが侵入した遺跡と同じところから盗んできたのならば、そこに設置されたガーゴイルは八年前に一掃されているはずなので襲ってはこない。 そもそも最重要の宝にガーゴイルを複数配置するのが、エルフ達のセオリーだ。二体というのはあまりにお粗末といえる。
だからといって、八年前とは別の遺跡から盗んできたのか。その可能性も低いように思える。なぜなら、別の遺跡から宝を盗んだのならばそれこそ八年前と同じように十数体のガーゴイルが攻めてきてもおかしくない。遺跡ごとに設置された兵器の数は違うだろうが、やはり二体しかないというのはあり得ない。
したがって、新たに何かを盗んだせいでガーゴイルが攻めてきた、という可能性はかなり低い。だとしたら、考えられるのはもう一つの可能性だ。
「人為的、かな」
「人為的?」
セレナがしばらく考えた末に出た答えに、同じく考えを巡らせていたレイドは意外そうに聞き返した。
「ガーゴイルに命令して襲わせたってことか? でも、遺跡から宝を持ち出すことが起動条件のはずだろ」
「条件自体は八年前に達成されていたけど、その時には起動していなかったら?」
「起動しない?」
「たとえば、魔石がなかったとか」
エネルギーを供給するものがなければ、魔学器は動かない。ガーゴイルなどの魔学兵器も、近くで光っている街灯の魔学器もそれは同じだ。魔学器を動かすエネルギー源は魔石、と呼ばれる魔力を含む石だ。つまり、魔石が魔学器の燃料である。これを魔学器の中枢部であるコアにはめ込むことで、魔学器は動いている。
八年前に侵入された遺跡にコアに魔石がないガーゴイルが残っており、今日誰かがコアとなるものをはめ込んだ。八年前に起動条件を満たされているガーゴイルは、盗まれた宝を取り返すべく、アクラとフェーネを襲った。これならば、二体しかガーゴイルが襲わなかった理由が説明出来る。
「誰かが遺跡に侵入して、コアに魔石をはめ込んで襲わせた? なんでだ?」
「さあ、それは犯人じゃなければ分からないよ」
だが、それは少なくとも八年前のことを知っていなければ出来ないはずだ。エルフ達がわざわざ動かないガーゴイルを置く理由がない。故に、八年前の事件以前に遺跡のガーゴイルから魔石を抜き取った人物か、コアに魔石がないことを知っていた人物が犯人だということだろう。
「そろそろ時間も遅いし、宿に行こうか」
セレナがレイドに背を向けて宿へ向かう足を踏み出すと、まるでその足を阻むように一際冷たい向かい風が吹く。セレナは、思わず溜息をつきたくなった。
「もう一つだけ訊きたい。夕方のガーゴイル、あれは魔物だったよな?」
レイドの問いに、セレナは即答しなかった。
魔物とは、我を失いヒトを襲う怪物である。傷から黒い血が滲み、倒せば黒い靄を放って消滅し、一切死骸が残らない。
ガーゴイルは魔学兵器だ。元々自我などないし、ヒトを襲うために作られている。生物ではないため、血は通っていない。当然、攻撃した部分から黒い血が出ることはない。故にここまでの部分に関しては魔物の定義に、ガーゴイルは合致し得ないのだ。
しかし、今日のガーゴイルはコアを破壊した際は黒い靄を放ち、跡形もなく消滅した。兵器ならば壊された残骸が残るはずなのにである。
これは紛れもなく、兵器であるはずのガーゴイルが魔物だったということを示している。
「レイド」
セレナはレイドに背を向けたまま、とりわけ冷静な声を漏らした。セレナの握った左手に、自然と力が加わる。そうしてしばらく静かに佇んだままのセレナの答えを、レイドは何も言わずに待っていた。
レイドの指摘に、焦っているわけでも動揺しているわけでもなかった。単純に、どう答えるべきなのか迷っている。どう答えるべきタイミングなのか。
レイドならば、魔物化という現象の秘密に迫る資格は十分あると思っているし、そこに自ら到達出来る術も持っている。だからこそ、今ここで自分の口から教えてしまって良いのか。それで余計にレイドを混乱させることになるのではないか。そう考えると、本当のことをいうのは躊躇われるのである。
「・・・・・・知れば、戻れなくなるよ」
「どういう意味だ?」
セレナが悩んだ末に出した、答えになっていない返答にレイドは戸惑っているようだった。怪訝な顔を浮かべながら、背を向けたままのセレナを見つめる。こういうあからさまに答えるのを避けた返し方は、セレナにしては珍しいからだ。
「そのままの意味だよ」
セレナはそれだけ答えると、宿へと向かう足を進めた。妨げるような風は今度は吹いては来ない。レイドも、それ以上追及することはなかった。
魔物化のメカニズムは不明とされている。魔物の定義は明確で、多くの魔物がイクセリオンでは認められているのに魔物化という現象については知られていないのだ。経験的に知られているのは、魔物化するのは『元生物』であるということだ。それが根底から揺らぐ問いを、レイドは投げかけた。
何故魔物化という現象が起きるのか。そもそも魔物が定義以上にどんな意味を持っているのか。魔物が増加したり、ドラゴンやガーゴイルといった普通ならばなり得ないはずのものが魔物化したりする原因とは何なのか。
セレナは歩きながら夜空を見上げ、一つ溜息を落とした。
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